能ある狼は牙を隠す


やっぱり優しいと思う。
だって言い出したのは先生だし、狼谷くんはそれに同意しただけで。

――いや、そうだっけ?

思い返すと、確かにきっかけは先生の提案だった。
でも何だかんだで私は断りきれなかったし、狼谷くんもなぜか意欲的だったし。

まあそうだとしても、彼の時間を取らせてもらっているのには違いない。


「狼谷くん、今日はよろしくお願いします」

「はは。何それ、かしこまっちゃって。やめてよ」


ちょっとだけ困ったように眉尻を下げた狼谷くんは、「狼谷先生って呼んでもいいよ」とおちゃらけてみせた。


「狼谷先生、お願いします!」


ようやく会話のテンポが掴めてきて、私はそのおふざけに乗っかる。

すると、ずっと隣を歩いていた狼谷くんが突然立ち止まった。


「どうしたの? 忘れ物?」


振り返って問う。
彼は私の顔を呆けたようにただ黙って見つめ、それから我に返ったように口元を押さえた。


「……いや、ごめん。何でもないよ」


そして再び私の横に並ぶと、


「先生か……」


と、どこか考え込むような口ぶりでそう呟いた。

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