プワソンダヴリル〜甘い嘘は愛する君だけに〜
衝撃を感じた方へと視線を向けた瞬間、思わず息を呑んだ。…そこにあった姿が憧れのあの人だったから。

「…っ」
自分よりも少し高い位置にある彼の瞳が、一瞬驚いたように見開かれて。
そうして視線が交わったほんの数秒後…すっとその瞳が細められ、優しく肩に両手が置かれた。


「ごめん。仕事で遅くなった」

え…?
咄嗟のことに見つめ返すことしかできない私に、彼が微笑みかける。

「で、君は何?そろそろその手離してくれない?」
低く鋭く響いたその声に、目の前の男が慌てたように私の手を解放した。

「行こうか」と先ほどの声色とは似ても似つかない甘いトーンで囁かれて、やっとのことで小さく頷く。
流れるように添えられた腕に肩を抱き寄せられ、そのまま寄り添って外に出た。


「…もう大丈夫かな」
店を出てから少し歩いたところで立ち止まり、ちらっと後ろを確認してからゆっくりと彼が手を離す。

「っ…あ、ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ勝手にごめんね」
「いえ、そんなこと…」

ちゃんとお礼を言わなくちゃいけないと思うのに、真っ直ぐ彼の瞳を見ることが出来ずに必死で気持ちを落ち着ける。

「じゃあ、気をつけてね」
その言葉が聞こえた瞬間、はっとして顔を上げた。そうして離れていきそうになる彼の背中を引き止めるように夢中で口を開く。

「あの…っ」

突き動かされる強い衝動と、淡い予感を胸に。





Fin
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