拾った彼女が叫ぶから
「名前まで知っておられるのですか」
「当然だ。オルディス家から爵位と領地を取り上げたのは父上と私なのだからな」

 一瞬驚いたが、確かにそう言われればおかしな話ではない。兄は父王と共に執政に携わっている。知っていて当然だ。

「では返してあげてくださいよ」
「返す理由がない」
「……はいはい、そうですよね。兄上ならそう仰ると思いました」
「なら言うな」

 にべもない返事だ。
 この堅物の兄は、返すにしても筋の通った理由を求めるだろう。騙された彼らが可哀想だ、などという感情論で動く人ではない。知ってはいるが、どうにも歯痒い。

「結局、騙されたとはいえ領地管理が甘いからだろう。私財をなげうって領民を救う心根は立派だが、それで自分が破滅しては身も蓋もない。大体、そのやり方では騙されることがなくても早晩立ちゆかなくなることは目に見えていた」
「……反論の余地もありません」

 ルーファスはがしがしと頭を搔いた。全くその通りなのだ。マリアの親は善良であるからこそ、統治者としては頼りない。悪意に気づき未然に防ぐことができないようでは、領民に言いようにされてしまう可能性すらあるのだ。

 そしてマリアも確かにその血を受け継いでいる。
 人を疑うことを知らず、危なっかしい。本人に自覚はないだろうが、誰かの意思によって操られているのではと思うときがある。現にゲイルと中庭で出会ったときも、彼に付いていったではないか。年齢の割にふと幼く見えるときがあるのも、警戒心のなさが原因だと思う
 そのマリアの性格に一番つけ込み、逃げないようにしているのは自分だが。

「マリア嬢はやめておけ。彼女の醜聞は聞き及んでいるのだろう? それにイエーナを刺激したくない」

 エドモンドがソファのソファの肘当てに、指をトントンと叩く。
 ──やられた。
 彼はマリアの名前だけではなく、ゲイルとの過去まで調べ上げている。イエーナへの影響まで指摘されれば、そうとしか捉えようがない。
 だからと言って、引き下がる気は毛ほどもないが。

「醜聞? まさか兄上がそんな不確かなものを根拠になさるとは思いもしませんでした。それなら、イエーナの降嫁も取り止めになさるのが筋かと存じますが?」

 ルーファスはふんと鼻を鳴らした。

「イエーナがどうなろうが、正直なところ僕にはあまり関係がありません。これまで接点もほとんどなかったですからね」

< 51 / 79 >

この作品をシェア

pagetop