拾った彼女が叫ぶから
 マリアはバツが悪くなった。
 そうか、ルーファスは妹の婚約発表だからあの場にいたのだ。この国、ヴェスティリア王国には三人の王子と王女がいる。ルーファスは彼らの代わりに王女の婚約に立ち会ったということらしい。そういうことだったのか。
 ──ただ第三王子の顔は初めて見たけれど。そういえばルーファスという名前も初めて知った。

「ルーファス、このご令嬢は?」
「昨日夜会でお会いしたんですよ。気分が優れないようでしたので、一晩介抱をしていました」

 ──いけしゃあしゃあとこの男は。
 そう思いつつもマリアもさすがに正直に白状することなどとんでもないことだという意識はある。夜会の後になぜマリアを追ってきたのかはわからないが。
 マリアは、ちらとこちらを安心させるように目尻を下げたルーファスに促され、真紅のドレスをつまんで淑女の礼を取る。小さく名乗ったが、この男性はさして関心もなさそうに一瞥しただけだった。

「お前が? 珍しいな、お前が積極的に人と関わろうとするなんて。それともまさかご令嬢に無体を働いたのではないだろうな」
「兄上がそんな発想をなさるとは驚きました。僕には無体を働くほどの度胸もないですよ」

 マリアのこめかみがぴくりと引きつった。
 確かにあれは無体ではない……が、その指摘は全くの見当違いでもないと思う。ルーファスがさらりと受け流すのが、まるで昨日のことは何でもないことだとでも言っているようで苛立たしい。
 自分だってあれを大したことじゃなかったと思いたいのは同じのくせに。

「……っ、何を」

 兄上と呼ばれた王子、いや確かこの方はエドモンド王太子だ。その王太子が、眉をつり上げた。一方、ルーファスの方はへらりと笑っている。マリアは二人を交互に見たが、この二人もあまり似ていない。王太子は国王と同じ銀の髪に沖合いの海のような色をした瞳で、睨まれると凄みがある。対するルーファスは金の髪に琥珀色の暖かな陽だまりみたいな色合いで、対照的だ。
 近寄りがたそうな王太子と硬さなど全く感じられないルーファス。顔付きと同様、一見しただけでは兄弟の割りに似ているところが見つからない。

「とにかく僕は役目を果たしましたよ。指輪もお返しいたします。もう調印も済んだことですし、要らぬ誤解を招いてしまいましたからね」

 ルーファスがさっさとシグネットリングを外すと、王太子付きの侍従にぞんざいな仕草で渡した。

「ところで兄上、もうそろそろよろしいですか? これから彼女を診てもらいますので」

 ルーファスがにこやかに、だが会話を打ち切ろうとする意志をあらわにする。
 あれ? とマリアは首を傾げた。二人の会話がどことなく冷ややかに見えたのだ。不仲なんだろうか。それともマリアがこの場にいるからだろうか。
 エドモンドが忌々しそうな顔を浮かべてくるりと扉へ向きを変えた。

「ああ、そういえばパメラ殿からまた書簡が来ていた。お前の部屋に使者を待たせている。そろそろまともな返事をしたらどうだ」
「全くしつこいですねえ。返事は何度もしていますよ」
「なぜ受けない? その方がお前にとっても良いと思うが」
「いえいえ、僕には似合いませんよ。僕はここの片隅で生きているのが丁度良いんです。僕を追い出さないでくださいよ」
「お前はいつもいつも……」

 へらりと笑うルーファスに、エドモンドがため息をつく。
 だが結局エドモンドはそれ以上女性の前で言い争うべきではないと考えたのか、呆れたように彼をちらと見て足早に部屋を出て行った。顔を上げてその後ろ姿をぼんやりと目で追いながら、マリアはちらりと彼の様子をうかがう。
 ルーファスは相変わらずつかみ所のない笑顔だった。それにしても。

 ──誰だろう、パメラ様って。
 そんな名前の貴族令嬢がいただろうか。
 と、ほんの一瞬でも気にしてしまった自分がおかしくて、マリアは頭を振ってその名前を追い払った。
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