最後の男(ひと)
「俺を当て馬にするなんて、よっぽどいい男なんだろうな? まぁ、俺も今回は少し焦りすぎた。一年後、今度は本気で体ごと口説き落とすからな。その時は、俺が一香の最後の男になるから覚悟しておけよ」

「男って、最後じゃなくて、最初の男になりたがるんじゃないですか」

「最初なんて事故に遭ったみたいなものだろ。俺は、代わりの利かない最後の男になりたいね」

そう言ってふと笑った先輩には哀愁があって、酸いも甘いも嚙み分けた大人の男に見える。触れただけで火傷しそうな、目が合うだけで背筋がぞくぞくするような男の色気を惜しみもなく見せ付けられて、女の部分が擽られる。先輩はいい男だけど、厄介な男に変わりはない。

そっと重ねられた大きな手のひらの感触。町屋先輩は、たったそれだけで私をときめかせる。本当は今すぐにでもベッドに誘いたい。でも、この衝動は好奇心からだと分かっているから、まずは気持ちから大切に育てていきたい。その時が訪れたら、選ばれるのを待つのではなくて、自分から追いかけたい。

「やっぱ、1年後と言わず、日本にいる間めいっぱい誘惑させてもらおうかな」

唆すように先輩がにやりと笑ってみせたのは、きっと私の隙に気付いたから。
自分でも分かっている。このまま先輩に押されたら、頭の天辺から足の爪先まであっけなく陥落してしまう。
鳴り止まない胸の鼓動、熱を持って痺れて潤む体の一番深いところ。
嫌いじゃない、先輩の温度。ううん、きっと本当はとっくに惹かれている。

「いいですよ。してください。私のこと、うんと甘やかして誘惑してください」

一遍の曇りも迷いもない、雨上がりの空に掛かった虹のように、もっと虜にしてほしい。

私は、懲りずに期待している。
これから始まる恋が、最後の恋になることを。


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