7年目の本気
半ば惰性で……
  ボーイフレンド・佐渡山 晴彦の為に作った
  夕食にラップをかけながら、壁の時計を見る、
  小鳥遊 和巴(たかなし かずは)。


  現在時刻、午前0時 ――。

  給料日後の数日間は何時だってこうだ。

  日付が変わる前に帰ってきたためしなどない。
  おそらく今日も帰りは朝方くらいになるだろう。

  子役あがりで幼い頃から周囲の人間にちやほや
  されるのが当たり前だった晴彦は贅沢な食事に
  慣れていて、食材から調理法に至るまで妥協も
  一切の手抜きも許さない。

  それでいて、自身の帰宅時間がどんなに不規則で
  必ずしも家で食べるとは限らなくても、
  3品以上の献立が用意されていないと、
  途端に不機嫌になる。

  和巴が知っているだけでも3人はいる同時進行の
  セフレ。

  気性の起伏が激しく、自分は平然と浮気するくせに
  人一倍独占欲が強く、嫉妬深い。

  付き合いの古い友人達は皆、
  口を揃えて言う ――、


   ”あんな最低男と、よく7年も付き合って
    来られたねぇ”
   ”あんな奴とは1日も早く別れるべきだ”と。


  和巴自身、別れた方がいいとは分かっている。
   
  今年、23才 ―― 大学卒業。
  ひとつの大きな節目を迎える。
  
    
  晴彦とは高1の時の学園祭で出逢った。

  友達の彼氏が連れて来た、隣町で1人暮らしを
  しているという大学生、それが晴彦だった。

  
  あれから早や、7年……。

  一体、あんな男の何処が良くて、
  今まで一緒に暮らして来られたのか?
  自分でも不思議に思う時がある。

  それでも、自分から別れを切り出せないのは、
  彼との付き合いがあまりにも長くなってしまった
  から。
  今別れてしまったら、これまでの何もかもが全て
  無意味な事になってしまう、という恐れがある
  から。


  和巴は、アパートの外廊下をこちらへ向かって
  近付いて来る誰かの靴音でふっと目を覚ました。
  どうやら、晴彦の帰りを待つ間にテーブルへ
  突っ伏したままうたた寝をしていたようだ。

  ―― 靴音は2人分。


『―― オラ、晴彦、着いたぞ』


  その声に続いてドアが大きく叩かれ、
  聞き慣れた男の声も ――、


『おーい、かずはぁー、ご主人様のお帰りだぞぉー』

『馬鹿っ、声がデカイよ。近所迷惑考えろ』


  和巴が慌てて玄関ドアを開けると、
  したたかに酔った晴彦が従兄弟の日向英明に
  支えられて立っていた。


「あ、ヒデさん、いつもどうもすみません」

「いやいや、どうせ帰り道一緒だし―― ほら、晴彦?
 しっかりしろ、自分で歩けよー」


  日向は”よっこらせ”と晴彦をソファーへ
  座らせた。

  酔い潰れた晴彦をいつも送り届けてくれるのは、
  この日向くらいのものなのだ。

  晴彦の酒癖の悪さは大抵の友人達に
  知れ渡っており。
  2年前、晴彦が麻薬取締法違反で逮捕されて
  以来、それまでごく普通に仲の良かった友人達は
  巻き添えを恐れて、掌を返したように1人、
  また1人と晴彦の元から去って行った。


「お~しっ! これから飲み直すぞぉー。
 和巴、酒とつまみの用意」

「バカ言ってんじゃねぇよ。お前分かってるよな?
 今度の仕事、正親さんがどんだけ苦労して取ってきたか。
 烏丸御池の**ビル前に10時集合だぞ。
 もう寝ろ、俺も帰るから」

「なんだよ、なんだよ~、付き合いの悪い奴っちゃなぁ」

「あぁ、何とでも言え ―― んじゃ、和巴ちゃん、
 お休み~」

「おやすみなさい」


  和巴は日向を玄関口まで見送ってから、
  戸締まりをして戻って来た。
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