7年目の本気
  ……はぁ? うそでしょ?

  宇佐見さんが居た!

  あ ―― こっちに来る!


  そんなに嫌なら逃げりゃあいいものだが、
  肝心の足が動いてくれない……!

  私の前に立った宇佐見さんは、


「さっきは、すまなかった……」


  と、私に頭を下げた。


「酒が入ってて……空を見上げる和巴の顔に見惚れて」


  見惚れる? こんな私に?


「少し……話さないか?」

「話す事はありません」


  そう、話さなくて良いのだ!


「……嫌われたな」

「すっかり」


  宇佐見さんは、間髪入れずに答える私に少し笑う。

  そして沈黙……

  いやな『間』だ。


「祠堂学院の**主任教授とは祖父の代から交友が
 あってね」


  宇佐見さんが沈黙を破り、
  私の目をまっすぐ見据えた。



「とある会合の席で ”TOEICじゃ900ポイント
 近い成績を残し、全国統模試でも学校でも成績上位
 なのに、家業への就職を希望してる学生がいる” 
 と聞いて。是非とも一緒に働きたいと思った」
 
「……」

「見合いの時、お前”自分の事を調べたのか?”って
 聞いたよな? 答えは、イエスだ。ありとあらゆる
 手段を講じて徹底的に調べた。だけど、ヒデの店で
 鉢合わせたのは全くの偶然だ」 
 
「……」

「おそらく、あの時……ひと目惚れをしたんだ、
 お前に」


  はあ?
  ひ……ひと目惚れ?


「だから……」


  だから? ダカラ? なんなの?


「オレと付き合って欲しい。もちろん結婚を前提
 とした真面目な交際だ」


  周りの喧騒の音が一気に消える。

  てっきり、茶化されてるとばかり思っていた、
  目の前に立ってる男に告白された。  


「悪いけど、当分の間誰とも付き合うつもりは
 ないから」


  宇佐見さんを真っ直ぐ見据える。


「あの元カレ以外に好きな人でも?」

「おらんけど……」

「じゃあ、オレに惚れさせれば良いんだな?」


  はい?
  前々から思ってたけど、あなたのその揺るぎない
  自信はどこからくるの?

  下手すれば自意識過剰の嫌味な男なだけじゃん。

                          ※
「せやから……」

「人を好きになるのに条件がいるのか?」

「条件……って」

「今までオレは手当たり次第に女と付き合ってきたが、
 1人の女に固執したのは初めてだ。この責任は
 どう取る?」


  せ ―― 責任??
  うちのせいなん? 違うやろ?!

  あぁぁ! なんや、ムカついてきた!


「責任って何よ! うちはアンタに『惚れてくれ』
 なんてひと言も言ってない!」


  あ

  公衆の面前…

  しかも自宅のご近所さん……

  通行人が興味心深々に見ながら通り過ぎて行く。
  あぁ、あのおっちゃんなんか立ち止まって
  見てるし。

  もぉぉぉぉ!!

  これ以上こんな所で醜態を晒すわけにはいかなくて
  宇佐見さんの腕を掴んで、人影のない近くの公園に
  入った。


「あんな場所で妙な事言わんでよ!」

「ここなら良かったのか?」


  宇佐見さんが笑う。


「そういう意味じゃなくて!」

「好きな人に好きだと言って何が悪い? 場所なんて
 関係あるか? 京都駅前であろうと人混みの中心
 であろうとオレはお前を好きだと声を大にして
 言える」


  呆れる……


「惚れたんだからしょうがない、だからキスをした。何が悪い?」


  自分の気持ちばかり押し付けやがって!


「ほな、私の気持ちは?」

「確かに、お前の気持ちを聞かすにあんな事をして
 反省している」

「それなら……」

「だから、オレに惚れさせれば良いんだろ?」


  もおぉぉ! 何なんだ?


「言ってる意味が分かんないわ!」

「そのままだ、オレに惚れさせる」


  宇佐見さんは話しながら近づいて、
  咄嗟に逃げようとした私の腕を掴む。


「放して!」

「好きになれ、オレに惚れろ」


  私を引き寄せて強く抱きしめた。

  抵抗しようにも、がっちり抱きしめられて身動きが
  取れない!

                       ※
「放して!」

「オレを好きになれ」

「ならない! 絶対にならない! 早く放してっ!」


  私の言葉で宇佐見さんの腕が緩み、安堵したのが
  間違いだった。
  コイツは ―― また私にキスをした!!


「やめ ――!」


  あぁ……
 
  口を開かなければ良かった。
  舌を入れられてしまった……


「ん ―― ふ……」


  私は学習能力ゼロや……
  
  
「っぁ、やだって…っ」
 
 
  逃げる舌を追いかけられ、強く吸われたかと思えば
  唇を舐められたり……

  嫌でも感じてしまう身体に戸惑いながらも必死で
  抵抗した。

  ようやく唇は開放されたけど、抱きしめられて
  身動きは取れない。


「好きだ……かずは……好きだ……」


  宇佐見さんは呪文のように言葉を繰り返す。

  何も言えなかった。
  言いたいのに言葉が出てこなかった……

  ただ、ただ呆れた。


「好きだ……」


  宇佐見さんが更に強く私を抱きしめる。


「あんたなんか大っ嫌い」

「好きになれ」

「ならない」

「好きだ和巴、好きだ」


  私の身体を抱きしめたまま顔を寄せてきた!
  またキス?! 私は歯を食いしばる!


  一瞬、宇佐見さんの笑い声が聞こえたような
  気がする。

  不意打ちか?

  彼は私の頬にキスをして


「おやすみ」


  と、頬を撫でて、笑いながら駅に向かって
  歩いて行った。


  宇佐見さんの姿が見えなくなり、私は一気に脱力して
  その場にしゃがみこんだ。

  何が起きたん?

  うちの身に……何が起きたん??

  それに今日は何て夜よ ――!

  展開があまりに性急すぎてついていけない!
    
  7年も付き合ってた男へ自分から別れを告げ。

  舌の根も乾かぬうち
  別の男から告白されて……キスまでされて。

  きっと厄日やな……

  地面に座り込んでポケットの中から、
  もう必需品と化している飴玉を取り出し、
  口に放り込んで気持ちを落ち着かせる。

  マジ、何なん? あのおっさん……

  呆然と、夜空の星を眺めていた。  
  
  
< 31 / 80 >

この作品をシェア

pagetop