7年目の本気
裏切り
  (晴彦、おるかなぁ……)


  利沙にはまた”えぇ加減にせいっ”って、
  怒られるけど今度のユニバ行き、晴彦も誘ってみよ。

  
  腕時計で時間を気にしながら、晴彦のアパート
  までの道のりを急いで自転車を走らせる。
  
  お見合いの話しを打ち明けて以来、
  何となく気まずくなって会わずにいたので、
  気持ちが逸っていた。
  
  ペダルを踏み込む足にも無意識に力が入る。
  
  いつもはメールくらい入れてから行くのだが、
  今日は突然行って驚かせてみたかった。
  
  
  (喜んでくれるとええけど……)
  
  
  自分の顔を見て驚き喜ぶ晴彦の表情を想像し、
  和巴は思わず笑みを浮かべていた。
  
  横ちょに入れば晴彦のアパートはすぐそこ ――。
  
  部屋の明かりが点いているのを見てホッとする。
  
  
  急いでアパート下の駐輪場へ自転車を停め。
  
  そうして軽やかな足取りで3階の晴彦の部屋へ
  向かった。
  
  ドアに鍵はかけられていなかった。
  
  その瞬間、何故か分からないが酷い違和感を
  和巴は感じた。
  
  嫌な胸騒ぎもする。

  
  …… ゆっくり玄関のドアを開けた。

  そうして玄関の上がり框に綺麗に並べられた
  デッキシューズを目にし、和巴は少し眉をひそめた。
  
  
  (誰か、友達でも来てるのかな……)
  

  けど、さっきからずっと止まらへん、この胸騒ぎは
  何なんやろ……。
  
  ドックン ドックンと、さっきまでの弾んだ鼓動
  とは全く別の、嫌な動悸が和巴を支配しつつあった。
  
  音をたてないようにパンプスを脱ぐ。
  
  そうっと居室の中にあがったその時、
  か細い男の声が飛び込んできた。
  
  それが寝室から聞こえているものだと気付いた
  瞬間、ますます和巴の動悸は激しくなった。
  
  震える手で寝室のドアノブへ手をかけた。
  
  
「あ……んふ……いぃ……」


  その時にはもう、
  男の喘ぐ声がはっきりと和巴の耳に届いていた。
  
  意を決し、一気にドアを開け放つ!
  
  
                    ※  
『うわっ』


  男の小さな叫び声が聞こえた。
  
  そこで、和巴が目にしたのは ――、
  
  晴彦と和巴の実弟・理玖がベッドの上で
  一糸まとわぬ恰好で抱き合った姿だった。
  
  2人は突然の闖入者に驚いたよう動きを止め、
  じっとドアの前で佇む和巴を見上げた。
  
  晴彦と理玖の顔色がみるみるうちに変わっていく。
  
  
「……か、かずは……」
「か、ず、姉……」


  そうして、上擦るような声で和巴の名前を呟いた。

  
  和巴の頭の中は真っ白だ。
  
  問い詰める言葉も、罵る言葉も出てこない。
  
  なんで、理玖がそこにいるん?
  
  自分と晴彦が、何度も肌を重ねたそのベッドに!
  
  そして、自分はどうしてそれをここまで醒めた目で
  客観的に見ていられるんやろ……。
  
  まるで ―― 自分の方が邪魔者みたいや。
  
  気が付くと、和巴は踵を返し逃げるように
  その場から駆け出していた。
  
  
「和巴っ ――!!」


  晴彦の声が聞こえたが、和巴はパンプスを
  つっかけるよう履いて、玄関から飛び出した。
  
  もつれるような足取りで階段を駆け下り ――、
  
  それからどうやって、いつの間に表の大通りへ
  出たのか?
  和巴には記憶がなかった。

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