彼は私の全てだった
Hello, Bad-bye
中村さんはソファーで長い脚を窮屈そうに折り曲げて眠っていた。

部屋の中は綺麗に整理されていて
黒を基調とした家具が並んでいる。

生活感があまり感じられない
いつも笑顔で優しい中村さんの部屋とは思えないほど冷たい感じの部屋だった。

そういえばシュウが中村さんはバツイチだって言ってた。

写真の1つも飾られてない殺風景な部屋だが
寝室に綺麗な街の風景画が一枚だけ飾られていて
そこだけ違和感がある。

シュウと同じで中村さんにも私の知らない人生があるのだろう。

「柿沢さん。」

部屋を見回していると突然中村さんが声をかけたので
私はビックリして振り向いた。

「あ、あの、すいませんっ!」

とりあえず頭を深く下げて謝った。

とても顔を合わせられるような状態じゃなく
ただひたすら謝るしかない。

「俺の方こそゴメン。

家まで送らなきゃとは思ったけど…

自分もかなり飲んじゃってたから送ってく余裕もなくて…
柿沢さんを部屋に連れ込んでしまった。

でも、言い訳させてもらえるかな?

本当に何もしてないから心配しないで。」

そんなことは百も承知だ。

着衣の乱れもなく
中村さんの服装も昨夜のままだ。

私が起きた時も中村さんが眠ってたのはベットじゃなくソファーだった。

「わかってます。

心配はしてません。

ただ申し訳なくて…」

「とりあえず送ってくよ。

今日は早番?」

「いえ、遅番です。

あの…もう朝だし、酔いも冷めてるし…
一人で帰れますから。」

私は上着を羽織り、急いで部屋を出た。

中村さんが追いかけて来て
私の腕を掴んだ。

「待って。そんなに慌てて帰らなくても。」

腕を掴まれ目が合った瞬間、
突然私の脳裏に飛んでいた記憶が蘇った。

昨日、私は中村さんにキスをした。

酔った勢いで、
ただシュウを忘れたくて…

自分から中村さんにキスをした事を思い出してしまった。




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