アンニュイな彼
「笹原先生を捕まえたら、なにかいいことでもあるの?」


オレンジ色の甘いお茶を太いストローで吸い、真菜が呆れたような声で言った。

いつものポーカーフェイスは崩さずにいるけど、さすがにあしらうのに辟易とした様子で先生は、正門前の出店を見回るのを早々に切り上げて、校舎の方へ去って行ってしまった。


「確かにあの容姿は最高だから、大学の方にも噂はいってて隠れファンとかたくさんいるけど、なぁんか私には生気が薄いように見えるんだよね。笹原って何事にも興味を示さない感じが冷たそうだし。整い過ぎてて人形みたい」


最後にズズッと音を立て、透明のカップの中身を飲み干した真菜は、石垣から立ち上がった。

私も立って、空の容器を近くのゴミ箱に捨てる。
足元では桜の木を裸にした秋風が、からりと乾いた茶色の葉を転がす。


「あると言ったら玉の輿、とか?」


最後に立ち上がり、お尻をパンパンと叩いてスカートの埃を払った梨沙ちゃんがぽつりと言った。


「玉の輿?」


呟いた真菜と顔を見合わせ、私は小首を傾げる。

午後から梨沙ちゃんが部室で受付の担当だというので、一緒に美術室へ向かった。


「うん。笹原先生ってほら、セレブっていうの? 実家がいい家柄じゃん」


下駄箱で靴を履き替えた梨沙ちゃんが、当たり前のように言った。


「は? 実家、って?」
「え、お姉ちゃんたち知らないの? 笹原先生、この学園の経営者の息子じゃん」


来賓用のスリッパに履き替えて、口を半開きにする真菜に、梨沙ちゃんは呆れたような口調で言った。
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