花火の夜の甘い蜜
***

会社近くの河川敷で毎年行われる花火大会は、7月の最終金曜日と決まっている。
川沿いの商店街が主催らしく、近隣の住民も楽しみにしているイベントだ。
この会社に就職して、花火大会の存在は知っているものの、1度も見に行けた試しはない。
入社してからずっと所属している経理部門。月末の週末ときたら、とても定時上がりなんて神業はできない。
しかも今日は、私の処理した伝票にミスが見つかり、課長を巻き込んでのチェック作業に追われている。
さすがに他のメンバーは多忙な最終週の業務が終わり次第、順次帰宅していったが、私のチェックはなかなか終わらなかった。

(申し訳なさすぎる…)

せめて早く終わらせたいが、またミスがあっては意味がない。
慎重に確認し、課長にダブルチェックをしてもらうまで気は抜けない。

課長をチラリと見ると、じっとこちらを見ていて、バチッと目が合った。
口角をクイッと上げて笑う顔は、何ともいえず、艶っぽい。

「終わったか?」

何故こちらを見ていたんだろうか。
馬鹿な部下の様子を見てただけ。それだけ、それだけとお経のように言い聞かせる。
課長の色香に惑わされてはならない。

「すみません。あと1枚で終わります。」

どうにか平静を保てたが、課長はまるで恋人に向けるような柔らかな声で「そうか」と言った。


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