愛は、つらぬく主義につき。
「ただいま戻りました」

「お帰りなさい、宮子」

 背筋をピンと張ったおばあちゃんは、いつもと変わらず毅然としてた。

「ああ、その宮子は元気か、心配しとったよ」

 隣りのおじいちゃんは、どこか作り笑いで歯切れも悪い。  

 大きな一枚板のどっしりした座卓を囲んで、上座に和服姿のその二人、右手に着流しのお父さんと哲っちゃん。左手に仁兄と遊佐、きちんとスーツで。そして下座にあたしが座った。
 座卓と座椅子を用意したのは、遊佐の脚を気遣ってなんだろう。座布団の上に正座が基本スタイルだから。

 ウチは昔ながらの造りで部屋数も多いし、空調の効く場所が限られてる。みんなが集まったここは、床の間が付いた客間のひとつだ。
 湿っぽさが無いさらりとした空気が素肌を撫でて。・・・緊張もあるのか、あたしには少し冷んやり感じた。

「・・・済まんな。わざわざ」

 お父さんがこっちを見て言った。

「大事な話があって来てもらった」

 一瞬。遊佐とあたしの視線が絡まる。

「近いうちに、仁には哲司の補佐も兼ねて本部の幹部に名を連ねてもらうことになる」

 若頭代理とは言わずにお父さんは続けた。

「その上で、仁から、宮子との婚約の申し入れがあった。呼んだのはそのことでだ」

「・・・・・・はい」

「お前が承諾するなら進めたいと思ってるが・・・宮子はどうだ?」 

 あたしが承諾するなら。
 お父さんが本当にそう思ってるんだとしたら、今まで娘の何を見て来たんだって笑ってやりたいけど。
 あくまで意思の確認を問われてるつもりで冷静に返す。

「悪いけどそれは、受けられません。あたしは遊佐以外の誰かと結婚するつもりないから」
 
「真にその意思は無いそうだが」
 
「承知してます」

 膝の上で両手をきゅっと握りしめた。
 思い残すコトがないように、全てをぶつけ切れあたし。

 お父さんを真っ直ぐに見据えて真剣に訴える。

「でもあたしは。遊佐と一緒に生きて、一緒に死にたいの。何があっても、それなら後悔なんてしない。・・・仁兄に守ってもらっても、あたしには何の意味もない人生なの」

 腕を組み、瞑目して黙ったままのお父さんに言い募った。

「みんながあたしを心配してくれて、愛してくれてるのはよく分かってるつもり。でもこれだけはどうしても譲れない。臼井の血を残せって言うなら・・・子供は産みます。誰の子でもちゃんと育てる覚悟はあるから」

 全員が目を見張って、驚いたようにあたしに視線を向けた。中でもおばあちゃんは唖然としてから我に返ったように、あたしを厳しい口調で咎めた。

「赦しませんよ、そんな事は。この臼井家の跡取りとして、結婚して子を生(な)すのが果たすべき責務です」
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