それでも僕は君を離さないⅢ
γ. 超イケメン失点の数々
地震のせいで出先からの帰社が遅くなってしまった多田貴彦は

改札口を足早に通り過ぎた。

コンビニの先にあるエレベーターへ大股で急ぎ

定時で上がる他社の社員達をすれ違い様に冷ややかに眺めた。

2台のエレベーターがほぼ同時に開き

中からゾロゾロと出てくる新たな社員達に道を譲っていると

その中に彼女がいた。

今まさに貴彦のすぐそばを通り過ぎようとしたため

ハッとして彼女の腕をつかんだ。

「何か?」

「ちょっといいかな?」

「はあ?」

空っぽになったエレベーターにそのまま強引に引きずり込んだ。

まだ彼女の腕をつかんだまま23階のボタンを押し

顔面蒼白でいる彼女に謝った。

ただひたすら謝り続け

次に引き留めた理由をとにかく説明しなくてはと思っても言葉が出てこなかった。

上昇するエレベーターの中に二人きりでいるこの状況に

心臓が早鐘のように鳴っているため

取りあえずネクタイを緩め

首に巻いたマフラーとコートのボタンを全開にしただらしない自分が

彼女の目に映っていることもどうにもならない。

「あの、大丈夫ですか?」

貴彦は逆に問われた。

相手が焦っている様子に彼女は徐々に平静を取り戻した。

程なくしてエレベーターは23階に着き

ドアが開いたので二人は降りた。

目の前の空間には来客用のソファが並び

自分で招いたこのシチュエーションにめまいを感じてふらついた貴彦を彼女はソファの一つに誘導した。

「飲み物をお持ちいたしましょうか?」

彼女の丁寧な言葉に貴彦は自分の行動に恥ずかしさを覚えた。

「大丈夫だ。すまない。いきなりで悪かった。」

少し落ち着きを取り戻したらしいとわかったので

彼女はソファに座った貴彦の傍らにしばらく立っていた。

「俺は多田貴彦。名刺を渡しておくよ。」

彼女は差し出された名刺を両手で丁寧に受け取った。

「お名刺、ありがとうございます。」

「君の名前を聞いてもいいかな?」

少しだけ迷惑そうな表情が見えたが貴彦は静かに視線を合わせた。

「立花樹里と申します。」

「きり?」

「はい。下の階の者です。」

「何階?」

「18階におります。」

「わかった。ありがとう。」

「帰ってもよろしいでしょうか?」

「後日改めて謝りたい。アドレスを教えてもらえないか?」

一瞬躊躇した樹里は反論できず

メトロの混み具合が尋常でないだろうという思いの方が強く

手早くアドレスを交わした。

「それでは失礼いたします。」

貴彦はソファに腰かけたまま降りてきたエレベーターに乗る樹里に軽く手を挙げて見送った。

「樹里。想像できない名前だ。」

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