一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 楽屋に案内され、持たせていた鞄を受け取る。

 彼女の淡いグリーンのヘアクリップが入った紙袋がちらりと覗いた。

 返すタイミングがあったのに、気付かないフリをして持ち帰ったヘアクリップ。

 廉に窃盗だと指摘され、内心慌てた。

 彼女のことになると、自分はなんと盲目的で、愚かなんだろう。


 時々、考える。

 考えて、恐ろしくなる。

 自分がこの容姿でなかったら、と。


 自分で言うことではないのは百も承知だが、

 自身の最大の魅力は、“当然” この恵まれた容姿だと思っている。


 容姿が良くて損をすること――強いて言うなら、どこに行っても目立ってしまって落ち着けない、など――もあるが、容姿が良くて得をすることの方が、圧倒的に多い。

 容姿が良いと性格が悪い、なんてことも言われるが、あながち間違いでないと俺は思っている。

 無論、容姿もよくて性格も優れている人間もいるだろうが、俺の場合は当てはまらない。


 物心ついたときから、自分は可愛がられて当たり前だった。

 泣けば誰かがすぐに飛んできて大抵のことは何とかしてもらえたし、可愛く甘えれば何でも手に入った。

 大人たちは自分の喜ぶ顔が見たくて、あれやこれやと手を尽くす。

 異性にもモテた。好かれたくて必死な女子たちは、あからさまに俺を贔屓する。

 子どもの頃は同性にやっかまれることも多かったが、大人になるにつれ、同じ土俵で戦おうとするのが間違いだと気づいていく。


 この容姿だから許されていることに、自分自身知ってか知らずでか、甘えている。

 そうすると、普通に生きていれば普通に身に付くはずの、相手の立場に立って考える力とか思いやりとかいったものが、欠けてしまっているような気がするのだ。

 そんなものなくても、この容姿さえあれば、何でも許されてしまうから。


 彼女に関してもそうだ。

 もし俺が、“宝来寺 伶”でなかったら。


 知らない男が自分を知っていて、急に抱き締められたら、普通の女性なら恐怖を感じるだろう。

 その上キスをねだられ、欲望に駆られるままに唇を貪られるなど、セクハラを通り越して性犯罪でしかない。

 彼女の持ちものを故意に返さず持ち帰り、散々においを嗅いだり口づけをした。

 それを今更返されたところで、その事実を知らされなくても、気持ち悪いだけじゃないのか!


 改めて自分の“やばい奴”感を認識し、サーーッと青くなる。

 たちまち自信がなくなった。

 いくら恵まれた容姿をしていると言っても、すべての人が何でも許してくれるわけでは、当然ない。




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