月と星
「じゃ、俺バイト行ってくるから」
昴がソファーで固まったままのあたしの頭をポン、と叩いて出かけて行った。
「…蓮兄は出かけないの?」
昴が居なくなって静まり返ったリビングに、テレビの騒音だけが響く。
三人で暮らすには、この家は広過ぎる。
―二人なら余計に。
「…俺は出かけないよ」
テレビを見つめたまま蓮兄が答える。
長い睫毛。
耳にかかるサラサラした茶色い髪。
セクシーな顎のライン。
つくづく綺麗な人だ、とあたしは感心してしまう。
「…なに?」
気がつくと、蓮兄がこっちを見ていた。
「っ!いえ、何も…」
あなたに見とれてました。
なんて言えるはずもない。
あたしは慌てて立ち上がった。
ここに二人きりでいるのは耐えられない。
「部屋行こうっと…」
独り言を言いながらリビングを出ようとした瞬間。
「…百合」
またあたしは囚われる。
「…ここにいれば?」
後ろを振り返る事ができない。
蓮兄が立ち上がった気配がした。
「百合、」
すぐ耳元で声がして、腕を掴まれる。
「―ここにいてよ」
「…っ、蓮に、」
「蓮でしょ」
蓮兄、と呼ぼうとしたあたしの声と、蓮兄の鋭い言葉が重なる。