God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
生徒会議長・沢村 VS スイソー部長・重森
議会は、トントンと順調に進んだ。
文芸部。3万5千円。
陸上部。7万円。
美術部。8万円。
予算金額に納得すれば、その場の全員で拍手する。
それが議会一致・承認のサインとなる。
「はいはい」「次次」「アゲアゲ」と、冷やかし半分、それほど目立たない団体は、あっさりと拍手に沸いた。出席人数が多いせいか、去年よりは、やけに拍手がデカい。
バスケ部は、16万3千円。去年よりも4000円マイナス。
吹奏楽が最後まで聞かずに手を叩き始めると、そこら中が釣られて満場一致の大拍手が起きた。青ざめた永田の隣、ギプスをつけたイトウが溜め息をつく。
今回ばかりは文句は言えないだろう。可笑しくてしょうがない。
委員会は、トントンと、順調に進んだ。
そして、吹奏楽部。去年と同額の40万円。
だが、5万円の寄付の分だけ、差し引かれて、実質35万円となる。
それだけの金額を上げる団体を、他には知らない。
その金額の大きさに、会場からは感嘆と悪態の混じった溜め息が漏れた。
拍手もブーイングも起きなかった。
静かに淀んだ空気がユラユラと流れて、漂う。
違和感。
何かがおかしい。
「議長!」
そこで吹奏楽が手を挙げた。
来た来た。
「不服です。去年の2倍を、改めて要求します」
会計の江田に言わせて、重森は横で笑っている。
永田が、「あぁ!?要るかよそんなよッ!」と、お約束、大声を上げた。
それに反応して、「そうだそうだァー!」と、内容もよく知らないクセに煽る連中が立ち上がると、周囲は「またかよ……」と諦めにも似た呟きで意気消沈。「どうでもいいから早く終わってくれよ」という輩が大半だ。
重森が、中央の階段を、真っすぐ壇上まで降りてきた。
「2倍。どうにか絞り取れよ。議長」
「2倍って何だよ。どういう根拠だ、それ」
「後で追加とか、いちいち申請すんの面倒くせーんだよ。今、出せって事」
「だったら、今ここで予定を全部出せ。こっちだって、いちいち事後処理すんの面倒くせーんだよ。ちょうど良かった。この場で1年分を稟議に掛けてやる」
ここは、いつかのように持ち上げはしない。
〝生徒会議長・沢村 VS スイソー部長・重森〟
選挙を彷彿とさせる因縁の対決に、周囲はにわかに粟立つ。
行けー!
転がせー!
ブッ潰せー!
こういう時、思うのだ。どっちを潰せと煽っているのか、はっきりしない。
後で問い詰められて、あれはオマエの事じゃないから、と言い訳するためだと思う。こんな野次馬を喜ばせてやる必要あるか。
こうなってくるとマイクはいらない。俺はゆっくりと重森に近づいた。
「そう言う事は、先に申告しろよ。それがルールだろ」
「今朝、不意に思い付いてさ」
「2倍って……常識で考えて無理に決まってんだろ」
「足りねーってんだよ。どうにかしろよ、生徒会」
まるでヤクザの脅しだ。
「吹奏楽はどこより人数多いんだから、足りない分、もっと部費を集めりゃいいだろ。1人3000円とかいわず、もう少し出せば」
「それはこっちの都合。今年の生徒会は内部に干渉すんのか」
「他はかなり集めてる。ちなみに1人8000円で計算出してきた。これなら去年と同じでいけるから。追加はその都度、稟議に掛けて」
「面倒くせぇ」
「そうだよ。だけど、何処もそうやってんだよ」
「知るかっ」
重森は、計算表を引ったくると、俺の目の前で破り捨てた。
全員が息を呑む。
千切れた紙片がそこら辺に散らばった。
頭に血が上って、クラクラしそう。だが、ここで怒ったら負けだ。
「コンサートにイベント、それで入ってくる金もあるだろ。他と違って」
「そうそう、他と違って、入ってきてもガッコに吸い取られて大損だよ。あー、今度のフェスティバルまでに欲しい楽器があんだけど。どうすっかな。ていうか出せよ。最大限に協力しろ。あれに出たら報奨金がもらえるし、生徒会も、ますます潤うじゃないか」
聞こえよがしにブチまけて、重森は部屋中を見渡し、斜め前に座る3人を指さした。
「そこを潰せよ。そしたら都合つくだろ!」
弓道部。
3年4人、1年1人。たった5人。部活認定ギリギリの人数。
重森に名指しされて、すくんでいた。
「そこは3年がいなくなったら終わり。続けたいならコスプレ研究会とくっつけ。そんなら活動費いらねーだろ。こっちに寄越せばいい」
部員が減って、部費が思うように集まらない。道具に金が掛かる。廃部寸前。弓道部も、その憂き目に合っている。だからと言ってコスプレと同一視されるのは屈辱だろう。
だが当人は、吹奏楽のキツい面々に睨まれて、声も上げられないでいた。
「そういう問題じゃない」
廃部は、時間の問題。正直、そう言って庇うのがやっとだ。
議長、無能!
引っ込め引っ込め、議長!
美術部あたりが音頭を取って、大きな野次が飛んだ。
重森が事前に根回ししたのか。エサを蒔いて味方を確保。安全を確保してから大騒ぎ。いつも困ったら他人頼み。どれも重森の考えそうな事。
俺は思わず息を呑む。
……他人ではない。
この時、初めて気が付いた。
どうして、やけに出席者が多いのか。
メガネを掛けて。あるいは外して。いつになく体操服なんか着て……他の団体に紛れて、吹奏楽部員が総出で出席している。重森が仕込んだ回し者に他ならなかった。
阿木も桂木も、周りを抑えようと躍起になるが、騒ぎはどんどん大きくなる。
もう予算をまとめるどころじゃなくて……こんなの茶番じゃないか!
一時休戦か。
吹奏楽は後回し。後で会計係の江田を1人呼んで、妥協案を提示。それでどうにか決着してもらおう。それには江田と仲の好いアイツに繋ぎを取って、どうにか頼み込んで……俺は、そんな根回しを頭に思い描いた。
困ったら他人頼み。俺も重森と同類か。碌でもない奴ばかり。笑けてくる。
その時だった。
「さ、沢村くん……」
阿木の震える声に振り返れば、右川が静かに手を上げている。
「え?か、会長?」
呼んだ訳ではないのだが、「はいー」と、右川は立ち上がった。
スイスイと壇上までやってきて、そこで俺からマイクを取り上げ、スイッチを入れる。
そして、大きなハウリングにも負けない破壊力で、叫び散らした。

『吹奏楽は、お金ゼロ~♪』



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