副社長と恋のような恋を
「いいんですか? 副社長のおごりで。あ、ちょっと、母さん。ちゃんと割引した?」

 近くを通りかかったお母さんに山岸さんが聞くと、もちろんしましたよと笑顔でお母さんは言った。

「ここは私に奢らせてください。その分、いい仕事を期待していますよ」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 森田さんは丁寧にお礼をいい、小野さんは満面の笑みでごちそうさまですと言った。

 村田先輩と山岸さんはお礼を言うと足早に会社へと戻っていった。

 店の前で解散となり、私は副社長と一緒に駅に向かって歩いている。

「さっきの質問、副社長は今の仕事、何番目になりたかった職業ですか?」

「俺? 副社長になりたいって言う人間っているかな?」

「副社長じゃなくて経営者でしょ。それか時計に携わる仕事」

「三番目かな。時計は高校生のときから好きだったから」

 そう言った副社長の表情は夜のせいでよく見えなかった。声からは懐かしむ雰囲気があり、どこか遠くを見ているように思えた。

「一番目と二番目はなんだったんですか?」

「内緒」

「内緒ですか」

「あれ、もっと詳しく聞いてこないの?」

 秘密にしておきたいものを無理に聞こうなんて考えはない。副社長みたいなタイプの人に、もう一度聞き返してもきっと教えてくれない。
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