フィンガーマン
その日も帰宅直後にナツミは"おかえり"と言ってくれた。
誰かにおかえりなんて言われるのは久しぶりで正直嬉しかった。

"もう急に雨降るから洗濯物洗い直しだよ"

"会社に居たから気づかなかった通り雨?"

"通り雨なのかな?"

得たいの知れないものから一気に生活感を感じて安心する。

そして楽しく雑談して眠りにつく。
そんな日が何日も続いていた。

あんなに怖いと思っていたのに今ではナツミが癒しの存在となっている。
愚痴を言ってしまった時なんて「大変だね」と優しく受け止め「明日は良いことが起こるおまじないしてあげる」なんてユニークな言葉を返してくる。
可愛すぎて思わず悶えてしまったぐらいだ。

きっとナツミは明るく楽しい愛嬌のある人気者なんだろうな。
異性としてとかそんなものは関係なく人としてナツミの事が好きになっていた。

日曜日になり日課となりつつある早起きをして家事をこなしていた。

"おはよう"

ナツミも起きたみたいだった。

"おはよう、早いな"

"そっちこそ"

"悪い、起こしたか?"

"うん、起こされた"

どのくらいのボリュームで聞こえているのかは分からないが何故かナツミにはこちらの生活音が聞こえるようだった。
俺の方は指で鳴らすモールス信号以外はほとんど聞こえない。

"ごめん"

"ウソウソ!習慣で起きた"

"なんだよ"

"いつも早起きだから習慣がうつった"

結局俺のせいのようだ。
俺の早朝のガシガシの家事の騒音でナツミはいつも目を覚ましてしまっていたのかもしれない。

"ごめん"

"三文の徳だから許す"

"良かった"

"このあとどこ行くの?"

"特に決めてない"

"いつもどこか行くでしょ?"

"散歩"

やはりナツミにはこちらの様子がよく見えていたようだった。
しかし家を出たあとは繋がっていない。
この家の中でしか俺たちは繋がれない。

"そっか。じゃあ私も行く"

"え?"

"散歩行くんでしょ?"

"ああ"

"デートだね"

"はぁ!?"

"照れてやんの"

"大人をからかうんじゃない"

全くナツミにはドキッとさせられっぱなしだ。
この小悪魔め。
さぞかしモテるんだろうな。

そして何時にどこに行くか細かく打ち合わせをした。
家の外では会話が出来ないから。

"家出るぞ"

"待って!もうちょい"

"早くしろよ"

"おしゃれしてんの"

"なんだよそれ"

"ほら行くよ"

"はいはい"

玄関を開けた。
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