あけぞらのつき


***

純和風の邸宅の中に、突如として男子高校生の部屋が現れた。

青を基調にまとめられている、8畳程度の洋室だ。壁のコルクボードには、無造作に、学校の予定表が張ってあった。


そこは、ミサキが来るより前に、遠野臨が使っていた部屋だ。

遠野は本来の自室にハスミを招き入れて、暖房をつけた。



「ここなら、ゆっくり話しができますから」


遠野はベッドの隙間から、折りたたみテーブルを出して、部屋の中央に広げた。


ハスミはテーブルの上に、蔵から出してきた箱を並べた。

墨痕鮮やかな箱書きは、長い時間にさらされて、ところどころ掠れていた。

遠野は、薄手の白い手袋を取りだし、ハスミに渡した。



「古い物なので、これを」


「ああ、そうだな。素手で触れるには、貴重すぎる」



遠野は手袋をはめた手で、巻物のひもを解いた。

始祖から続く家系図だ。


遠野臨。

最後に書かれていた名前は、遠野自身のものだった。


母の名を嬉子(きわこ)。

兄の名を七百(なおと)。


と書き記されている。

父親は養子なのか、名前は見あたらない。嬉子の隣に夫と一文字書かれているだけだった。


「御曹司には、姉君がいたのではなかったか?」


ハスミが指先で家系図を辿りながら尋ねた。



「はい。姉が一人おります」



「だが……。名がない」


「え?」


「嬉子と夫の間の子は、七百と臨だけだ。姉君の名は、何と?」



「遠野透(すい)と。本当に、ありませんか?」



「ないな」

ハスミは何度も文字を確かめて、断言した。


家系図にはところどころ、夫や妻、のような表記がされていた。

それは遠野の血縁以外の人間ということだろう。


夢を渡る術師の家系は、血族間での婚姻を繰り返していたようだったが、ある時期を境に、名の載らない婚姻が増えていた。

それはまるで、術師の血を絶やそうと、薄めているようでもあった。



「御曹司の知る姉君は、本当に、姉君なのか?」

そう尋ねられると、確証はない。



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