あけぞらのつき


***

ラムネ瓶の月がかかる。

古い映写機はもう、回らない。


眠りを拒むミサキは、幽鬼のように青白い顔で、奥座敷を探す。


それは、ミサキか長夜叉か。


遠野は、付かず離れずその姿を見守りながら、ため息をついた。


聞きたいことは山ほどにある。が、怖い。


盲たスイのそばでだけ、ミサキは束の間、眠りに落ちる。

あのシアターは、どこへ行ったのか。遠野にはその入り口を見つけることさえ、できなくなった。


茅花(つばな)とミサキは愛おしげに呼んだ。


姉はそれに答えることなく、白い布の巻かれた瞼の隙間から、涙をこぼした。


涙の意味は、歓喜か悲哀か。

次の間に控える遠野には、固く結ばれた絆が、幾重にも巻いて見えた気がした。



「御曹司」



「……ハスミ殿」


「ミサキは?」



「今は……眠っています」


「……そうか」



「あれは、ミサキなのでしょうか」


遠野の脳裏に、シアターで見た業火の有様が甦った。


希代の術師。目の当たりにした光景に、その異名はダテではないと痛感した。



「俺にも分からん。ミサキであって欲しい。だが、こうしてあの二人を見てしまうと、長夜叉様として茅花と添い遂げて欲しいとも思う。どちらが、幸せなのだろうな」



「茅花……。あれは、スイです。俺の姉の。スイ、なんです」


「家系図に、名はなかった。御曹司には、あれが姉である確証はあるのか?」



「確証は……ありません」


「……すまない。俺にも、あれが茅花だという確証はない。ただ、あまりにも似すぎているんだ。長夜叉様の、かつての恋人に」



「恋人?」


「ああ。茅花は、長夜叉様の手で殺された、かつての恋人だ」


ハスミは重いため息をついた。



「だが、遠い昔の話だ。茅花が生きているわけもないのは、俺が一番よく知っている。それでも、あれは茅花なんだ。長夜叉様が、その生涯で唯一愛した女だ」



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