目覚めたら、社長と結婚してました
「じゃぁ、なんでこんなマニアックなところに来たんだ?」

「マニアックってお前なぁ」

 マスターが残念そうに口を挟む。けれど社長はまったく意に介さず私から視線を逸らさない。

「どうせ噂かなにかで俺のことを聞いたんだろうが、そういうのはお断りだ。そもそもお前みたいなのはタイプじゃない」

 あまりにも一方的な言い分に心の奥でなにかがプツンっと音を立てて切れた。

「自惚れもたいがいにしてください! ここに来たのは、私の大好きな本のタイトルと同じ名前だったからです。社長に興味なんてありません。むしろ残念ですよ、社長の噂を聞いてたら、ここには来なかったのに」

 感情任せに口から出た言葉で反論する。すると社長の目は大きく見開かれた。途端に冷静になった私は彼から目を逸らして身を縮める。

 や、やってしまった。向こうが言ってきたとはいえ、自分の会社の社長にとんでもない口の利き方をしてしまった。

 後悔に苛まれながらも、私の一大決心が社長の追っかけだと思われるのはものすごく不本意だった。荒れる私の心とは逆にボサノヴァの静かな8ビートが店内を流れる。

「悪かった」

 不意にぽつりと呟かれた言葉に、私は再び社長の方に顔を向ける。社長は気まずそうに髪を掻き上げてため息をついた。

「言いがかりが過ぎた。悪かったな」

「本当、今のは怜二が悪いよなぁ」

 男性客が豪快に笑う。

「まったく。せっかくうちに来た可愛いお客さんになんて発言だ。ごめんね、お嬢さん。あいつちょっと一方的に女性に迫られて、ピリピリしてるんだよ」

 マスターがこっそりと教えてくれ、社長は私からふいっと顔を背ける。
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