目覚めたら、社長と結婚してました
 その程度、と言われたことに腹が立ち、私が彼に告げたのは『リープリングス』の中でヒロインがヒーローに言った台詞だった。それを彼は作中のヒーローの言葉で返してきたから。

 呆然としていると、社長がエレベーターを呼んだ。

「何巻まで持ってるんだ?」

「五巻まで、ですが」

 私は彼の質問に素直に答える。さらに帰りはどうするのかと聞かれ、タクシーだと返した。

「お前、うちの会社のどこに所属してるんだ?」

 そこで私は社長に対し自己紹介をしていなかったことに気づいた。

「情報管理システム部です。平松柚花と申します」

 さっと頭を下げたが、社長はたいして興味なさそうだ。

「来週の金曜日にまた来い。続きから持ってきてやる」

 そして、こちらの都合などは一切尋ねることなく社長は言い切った。エレベーターが到着したので乗るように促される。

「近藤さんも島田さんも、お前のことを気に入ったみたいだからな」

 もしかして彼らのためなのかな?

 そう思ったら不意に彼の手が私の頭に伸びた。

「お疲れ。気をつけて帰れよ」

 一瞬だけ感じた温もりは夢だったのかもしれない。いや、今日の出来事自体が夢だったのかも。閉まる扉の間から社長を見つめながらそう思った。

 だから夢じゃないと確かめたいのもあった。本の続きも読めるならやっぱり嬉しい。私は来週の金曜日の予定を思い浮かべながら、またここに来ることを決めた。
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