彼の隣で乾杯を
「風が冷たくなってきたからそろそろホテルに戻ろうぜ」

「うん」

高橋が絡めていた私の腕をぽんぽんとした。
こんな初めての穏やかな時間を過ごせるのもあと二日。帰れば高橋は長期出張か・・・。

しかも彼の出張先は自分の父親の経営する会社だ。
さっき高橋が私に行き先を言いにくそうにしていたのも気になる。

いずれ父親の会社に入るための伏線だという可能性もある。
もしかしたら、近いうちにこの会社を辞めてしまうのだろうか。

高橋の口からTHコーポレーションの話は聞いたことがないから今さら私から話を振ることを躊躇ってしまう。

いずれお父さんの会社に入るの?

そう一言聞くだけなのに、聞くことができない。

彼が肯定したらどうしようと思うからだ。
私は芯から弱虫だ。

隣に立つことを望んでいるわけじゃないのに、心の支えである彼を失ってしまう未来を受け入れることもできない。




帰り道、野ウサギに遭遇した。
「わー、ピーターラビットだ。かわいい」

高橋も草むらに佇む薄茶色の野ウサギに目を細めたけれど、なぜかケラケラと笑いだした。

「なあに?」
「いや、だって由衣子がさっき谷口のことをウサギだって言ってたからさ。こうして本物のウサギを見たら谷口ってそんなに弱くてかわいい生き物だったかなと思って」

「あら、可愛いいよ、早希は」
「俺にはあいつがかわいいウサギっていうよりゲームのモンスターキャラのさ、頭に角の生えたウサギに見えるんだけど。よく神田部長に噛みついてるし」

・・・まあ、確かにおとなしくて可愛いって感じではないけど。確かにおとなしくないけど早希はすごく可愛いよ。

「副社長がオオカミっていうのはどう思う?」

「あー、康史さんか。うーん、どうかな。昔はモデルとかやってたから周りにオンナたちが集まってきて適当に遊んでたような。でも、ここ5年くらいは仕事が中心で浮いた話は聞いてないな。基本的に紳士だし」

「紳士なの?」

「ま、男だから時にはオオカミになるだろうけど?」

「・・・高橋も?」
思わず組んでいた腕に力が入り、隣に並ぶ背の高い彼の顔を見上げてしまう。

「は?俺?」
なんで俺?って声で我に返った。

「あ、ごめん。何でもない。いや、忘れて。ははっ」
慌てて取り消して
「お腹すいたね、ディナーは何だろう。ここの名物って何?」
と話題を変えると、高橋も「この辺りの郷土料理は何だろうな」と乗ってくれた。
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