彼の隣で乾杯を
ポーン、と音が響いて18階の扉が開く。

タヌキは再び臙脂色の風呂敷のような布を頭からかぶって「じゃあまたね」とさささっとエレベーターから出て行った。

体型に似合わない機敏な動きに呆気に取られてしまい何も返事をしなかったことに気が付いたのはエレベーターの扉が閉まった後だった。

早希や高橋がどれだけ有能なのかわかっていたつもりだったけど、長年こんな上司の下で働いている二人を尊敬する。
腹芸や根回し、策略などお手のもので私のやってることなど彼らから見たら子供だましの経営戦略に過ぎないのだろうと思うと少し気落ちする。

上へと上がっていく者はやはりそれなりの頭脳と技量がなくてはいけないのだ。
私ではまだ女たらしの次男坊どころか耳元で飛ぶ蜂さえ追い払えない。

「私なんてまだまだ全然だめじゃん」
呟きはため息と共にエレベーターの箱の中に響いていった。




ーーーー結局その日も高橋と会うことはできなかった。

私は以前担当していたカナダの企業がらみのトラブル対応の応援のためカナダ支社に呼ばれ急遽バンクーバーに飛ぶことになってしまったのだ。

パスポートは常に携帯している。
常に3日分程度の着替えとメイク用品もキャリーバッグも会社に置いてある。

個人用ロッカーが大きな海外事業部の更衣室が特別仕様になっているのはそういう事情に対応できるようにという配慮で他の部署より優遇されているわけではない。
むしろ社畜として働けと言われているようなものだ。


ツイてないときはとことんツイてないらしい。
トラブルを処理して帰国してみれば今度は高橋がインドネシアに出張になっていた。

メールのやり取りのみの日が続き私の心は疲弊していった。
もうずいぶんゆっくり会えていない。
寂しくて辛い。
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