彼の隣で乾杯を
「断るっ」

一刀両断して私は立ち上がった。

何が悲しくてこの状況でビジネスの話。
高橋がタヌキの部下だと知ってるけれど、これはあんまりだ。

「私大浴場の露天風呂に行ってくる。戻ってくるまでにその書類、片付けておいて」

どうしても視線が冷たくなってしまう。

一月ぶりに会った恋人に背を向けドアに向かった。

「片付けたら高橋はこの部屋の露天風呂でも使えば?ちょっと頭冷やしてちょうだい。こんな時にビジネスの話をするような男だったなんてね。がっかり」

「待て、待て、待て」

棘のある口調と冷たい視線に慌てた様子で高橋も立ち上がり私の後を追ってきた。

「違う。誤解だ、行くな」

途端に私の背中をすっぽりと覆う大きな身体。
彼の両腕が浴衣姿の私の胸やお腹に巻き付いて彼の体温を感じる。

はぁっとため息が私の耳にかかった。

「何が誤解よ。プレゼン資料まで用意してたくせに思いっきりビジネスじゃないの」

ムッとした声を出すと

「悪かった。完全に言い出し方を間違えた」

高橋の沈んだ声が鼓膜に響く。

後ろから抱き締められたまま私たちは二人同時にはぁーっとため息をついた。

私のは色気のないヤツだなってため息だったんだけど、高橋のは違ったらしい。

「由衣子、本当はイタリア行きたかったんだろ」

唐突な言葉に私は高橋の顔を見ようと首をひねってみたけれど、見ることは叶わず。なぜか高橋にブロックされた。
彼は私の後頭部に自分の額を押し付けるようにして顔を埋めている。

「どうしたのよ。イタリアの話だったら断ったってさっき言ったじゃない」

「・・・前からわかってはいたんだ。由衣子は新規開拓するような仕事が好きだろう?」

うん、まあそれは否定できない。
既存を発展させることも大切な仕事だけど、私自身がやりがいを感じるのは新しいものをイチから作り出す仕事だ。
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