ストロベリームーン

 小春が決めた今晩のディナーはタイ料理だ。

 生春巻きにトムヤンクンスープ、それに人参を代用したパパイヤサラダにパッタイ。

 世那は今まで1度もタイ料理など自分で作ったことはなかったが、小春は自分が作れるから大丈夫だと言う。

「わたしやっぱ本気で好きな写真撮って食べていけるように頑張ろうと思うんだ」

 小春がライスペーパーをお湯に浸しながら言った。

「小春だったらできるよ」

 写真の世界を何も知らない世那がこう言うのも無責任かと思ったが、世那は本気で小春だったらできそうだと思った。

「うちさぁ、父親がミュージシャンかぶれの男でさ、母親が苦労してるのを見て育ったんだよね。父は自分の好きなことやってるから幸せそうだったけど、夢を追う後始末をさせられた母はいろいろ思うところがあったみたいでさ、下の弟が20歳になった時熟年離婚したんだ」

 世那は小春が店で話していたことを思い出す。

 ミュージシャンをろくでもない奴とか、いつまでも夢を追う面倒臭いおっさん、とか言っていたのは自分の父親のことだったのか。

「小春はお父さんのこと嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど、写真なんかお金にならなさそうな事を仕事にしたがるところが、父親の血を引いてると思って、それがちょっと嫌だったかな。自分1人だったらなんでも好きにしていいけど、家族がいるんだったらその責任というものがあると思う。父は無責任で我が儘な子どもに見えたな、自分も子どもなのに。でもだからかわたしはしっかりしなくちゃって思って」

 小春は湯につけた春巻きの皮をキッチンペーパーの上に広げ、スモークサーモンとアボカド、パクチー、人参などを乗せると器用に巻いていく。

 世那の両親は2人そろって教師だ。

 世間体というものを宗教のごとく大事にしているような2人は間違っても熟年離婚などしないだろう。

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