もう一度、愛してくれないか

おれの妻の紗香(さやか)は、あさひJPNフィナンシャルグループという、系列にあさひJPN銀行、あさひ証券などの金融機関を擁する大資本家の一族出身だ。彼女の父親は、あさひ証券の会長である朝比奈(あさひな) 龍藏(りゅうぞう)といって、経済界のドンと呼ばれ、政治家との繋がりも多く「政財界の黒幕(フィクサー)」と思われている人物だ。

おれたちは東京の兜町にある本店で出会った。

紗香は幼稚園から短大まで、文字どおりエスカレーター式のお嬢さま学校を経て、当時社長だった父親の会社に就職した。
二学年上の姉の清香(きよか)が、おっとりした性格なのにたった一度だけ父親に反抗して、共学の四大に進学したため姉妹で同期入社となり、二人とも本店に配属された。

おれは当時、入社三年目だった。
中高一貫の男子校時代からのライバルで、会社では同期となった水島(みずしま) 壮一郎(そういちろう)が『清香に一目惚れした』と告げたとき、すでにおれの方は紗香に一目惚れしていた。

エレガントで少し大人びた（でも実は「ど天然」な）清香と、ちっちゃくてまだ美少女の面影が残る（見るからに「ど天然」な）紗香。
水島とはストライクゾーンが重ならなくてよかった、と心底思った。

それからは、会社の女子社員からのテロのような突然の「告白」をキッパリバッサリ拒絶して、紗香に猛攻勢をかけた。

まったく男に対して免疫のなかった彼女を墜とすのは、ものすごーく苦労した。

『紗香ちゃん……おれとつき合ってほしい』と生まれて初めて自分から交際を申し込んだ。（今まではこちらから言わなくても女の方から言ってきた。）

それなのに。

『あっ、いいですよっ……でも上條さん、どちらへですか？』と首を傾(かし)げ、疑うことを知らない犬の目で尋ねられた。

だが、おれは証券会社の営業マンだ。
攻めて攻めて攻めまくって、やっとの思いで陥落させた。

そして、初デートも初キスも初エッチも、紗香のあらゆる「初めて」をモノにしてやった。