向日葵
夜風は冷たいばかりで、濡れた頬にそれが通り過ぎると、涙の跡は簡単に拭い去られた。


裏切り者はあたしで、クロはきっと恨むかもしれないけど、でも、その方がずっと気が楽に感じられた。


見上げたマンションは高くそびえ、この一週間の記憶が巡る。


それでもあたしはそれを振り払い、タクシーを拾って陽平のアパートの住所を告げた。


乗り込んだそれは、容易くあたしとクロの居るマンションの距離を遠ざけ、それがそのまま、あたし達の別離を表しているかのようだと思った。


陽平のことが怖くないと言えば、それは嘘になるけど。


でも、あたしにはもう、陽平しかいないのだ。







「…会いたかった…」


部屋へと足を踏み入れるより前に、玄関先で抱き締められ、無意識のうちに体を強張らせるあたしに、小さく陽平は、“ごめん”と漏らした。


パニックになったようにただ涙が溢れ、そんなあたしを抱き締める彼の腕もまた、震えていて。



「絶対に大切にするから。」


そんな言葉と共に、背中越しにパタンと扉が閉まる音が響いた。


まるでそれは、何もかもに遮断された音のようで、暗がりの室内は、一週間前と何も変わることなく、あたしの暮らしていた痕跡が残されたまま。


この場所があたしの居場所なんだと、そう教えてくれているようで、交わしたキスは陽平の味そのままだった。



「好きなんだ。」


「…うん、あたしも…」


本当に陽平のことが好きなのか、それは自分自身でもよくわからなかった。


それでもあたしには陽平が必要で、陽平にもあたしが必要で。


まるで初めて会ったあの日を思わせるほど、陽平は優しくあたしを抱いてくれた。


だからこそ、陽平を選んで間違いがなかったのだと、そう思うことが出来たんだ。


いや、もしかしたらあたしは、そう言い聞かせようとしていただけだったのかもしれないけど。


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