向日葵
そんな風に言うクロの顔を想像すると、ただ苦しくなって、無意識のうちに顔を覆ってしまう。


今更なことなのに、裏切ったのはあたしの方なのに、忘れることも出来ないまま、堪え切れなくなって唇を噛み締めた。



「泣くってことは、後悔してんじゃねぇの?」


「…そんな、わけ…」


「じゃあ、自分が選んだんだし、間違ってないと思うんなら、何で泣く必要があんの?」


ひどく痛々しい言葉だなと、そんなことを思ってしまう。


智也の言ってることは正しくて、あたしはこんな風に泣いて良い権利なんてないのだから。



「…馬鹿ナツ…」


だけどもまるで全てをわかってるとでも言いたげな智也の言葉は、流れるクラシックに溶けた。


あたし達が別れ話でもしていると思ったのか店員は、こちらに近づいてくることはなくて、二人だけの沈黙の帳が下りる。



「夏希、生きるの下手すぎ。」


「…難しいこと言うね。」


「そりゃ、お前が馬鹿だからだろ?」


「アンタに言われたくないんですけど。」


「ホント、お前にも困ったもんだよ。」


そう肩をすくめられ、“けど、何かあったら言えよ”と、そう彼は付け加えた。


弱々しくも口元だけを緩めると、智也はコーヒーの一口に唇を濡らす。



「じゃあさ、ひとつだけ。」


「何?」


「好きだったよ、って。
クロに、伝えといてよ。」


瞬間に目を丸くした智也は、だけども次の瞬間には視線を落とし、“責任が重いな“と、そう漏らし、伝票を持って立ち上がった。


過ぎゆく背中を見つめながら、ひとり取り残されてみれば、小さく吐き出したため息は僅かに震えながら消えた。


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