世界でいちばん幸せな僕たちは
第一章 死神の仕事



その日は4月7日の日曜日だった。

「お前もいよいよ高校生か」

「いい大学に進めるように頑張らないとね」

僕は明日、高校の入学式を控えていた。地元にある他の高校より大学への進学率が比較的高く、授業や入試対策も充実している学校だ。教材代や授業料などはそれなりにかかるが、「教育費は子供たちの未来への投資だ。子供たちが頑張っているのだから、どんなに高額だろうが親はそれを支援する義務がある」と父は後押ししてくれた。

そしてこの日は20歳の姉の就職祝いと僕の高校入学祝いを兼ねて、家族で外食をする予定だった。

中学校の卒業式の日も、こうして外食をした。こういう節目の日や誕生日には父親も母親も必ず定時に帰ってきて、家族揃って出かけるのだ。

これは両親から聞いた話で僕自身はまったく覚えていないのだけれど、生まれたばかりの僕は大病を患っていたらしい。病名は忘れてしまったが、成長するにつれて身体を蝕んでいき、15年ほどで死に至らしめる病気だったのだそうだ。咳、高熱、嘔吐、食欲低下、肺の炎症などさまざまな症状が長く続いていたらしい。完治する方法は今もまだ見つかっていないそうなのだが、数ヶ月後のある日を境に僕の身体からその病気は跡形もなく消えていたという。医師の目から見てもこの治りようは奇跡としか言いようのないものだったのだそうだ。

そんなこともあってか、両親は僕たち子どものひとつひとつの行事をとても大事にしてくれる。僕はそんな両親のために、いい大学に入って知識や経験を積み、いい企業に就職する。そして両親が僕たちにしてくれたことを、今度は僕が恩として返していきたい。高校は、僕の夢を叶えるための第一歩なのだ。

時計は午後1時を少し過ぎたところを指していた。約束の午後6時になるまで、まだ時間がある。

「食事の前に買い物をするんだけど、結人も来る?」

両親と姉は近くの大型ショッピングモールで買い物を済ませてから直接レストランに向かうようだ。僕がそういう人の多そうな場所を好いていないのはみんな知っているが、それでも母親はなにかと僕のことを気にかけてくれている。

「いや、僕はいいよ」

母親には申し訳ないが、約束の時間までにはレストランに行くと伝え、留守番をすることにした。

「今日の主役はお前とお姉ちゃんなんだから、遅れるなよ」

じゃあ行こうか、と父は母と姉の手を取り、家を出た。

父方の祖父母とは一緒に住んでいたけれど、ふたりとも死んだ。祖母は2年近く前に、祖父は約1年半前に。ちなみに母方の祖父母は、僕が小さい頃に死んだらしい。ときどき母から祖父母の話を聞くけれど、実際どんな顔で、どんな声で、どんな風に話すのか、僕はなにも知らない。

休日はテレビをつけても面白くない。本を読もうと思って手に取るけれど、いざ開いてみると内容どころか文字さえも頭に入ってこない。こんな状態になってしまっては、もうどうしようもない。

時間になるまで、寝よう。

ソファの上で横になり、静かに目を閉じた。すべての光が、遮断された。


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