伯爵令妹の恋は憂鬱

トマスははっとしたように顔を上げ、直ぐに困ったように笑った。

「失礼しました。女性を長々引き留めてはいけませんね」


その“女性”とはマルティナに対するもの? それともローゼに対してのもの?

意地の悪い問いかけは、マルティナの口から飛び出すことはなかった。だけど、そう思ってしまった罪悪感はマルティナの心の中に残る。

トマスは常にマルティナのことを子ども扱いする。だからこそ、ぬいぐるみなのだ。
それに満足していたはずなのに。今、マルティナはひどく醜い気持ちになっていた。それは、子供だったら絶対持ちえないような複雑な感情だ。


「本当に、トマスさんは心配性なんですねぇ」


トマスが見えなくなってから、ローゼは少し呆れたように言った。


「私、なにも出来ないから」

「そうでしょうか。なにも出来なければ、フリード様が今回のような大役を任せるはずありませんわ」

「それは、今はお義姉さまがあの状態だから。ディルクさんが遺産整理するのに、邪魔が入らないように私を一緒につけただけです」

「それだけじゃないと思いますよ。マルティナ様のことを信頼していなければお任せはしないでしょう。それに、夫からの受け売りですけど、……フリード様もお辛いんだと思います。リタ様とうまくいっていなかったとはいえ、お身内ですし。この別荘にも想い出があるでしょう。もしかしたら、思い出したくない思い出があるのかもしれませんわ」


マルティナはふっと黙り彼女を見やる。


兄が辛いかもしれないなどとは、マルティナは考えたことがなかった。マルティナにとって、兄は間違いのない完璧な存在だ。クレムラート家の若き当主として、領内外の貴族と渡り合っている。

「つらい?」

「ええ。血がつながっている分、複雑なところがあるんだと思いますわ」

「そうなのかしら」

マルティナには圧倒的に人生経験が足りない。そつのない兄の弱いところなど想像できないが、ローゼが言うのだからそうなのだろう。
不思議な気分で頷いて、それ以上のことは考えないようにふたをした。
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