伯爵令妹の恋は憂鬱

だからマルティナは、兄の迷惑になるようなことをする気はない。
社交界になどでなくてもいい。屋敷の中で家族に囲まれ、家庭教師に勉強を教わるだけで充分だと思っていた。

マルティナは幼少期、母の実家の所有する東の別荘地で暮らしていた。老執事と数名の使用人としか接することはなく、世間知らずで、作法も知らない。
クレムラート家に引き取られてからは、貴族の令嬢として身につけなければならない最低限のマナー、ダンスなどは叩き込まれたが、人の前に出ることは今でも好きではない。
フリードがひた隠しにしてくれてはいるが、婚外子であることがばれたら怖い、という思いもあるのだ。





その日、マルティナは、いつもなら朝から様子をうかがいに来るトマスの姿が見えないことが心配になり、義姉であるエミーリアの部屋を訪れた。


「おはようマルティナ。後で話をしに行こうと思っていたの」

「お義姉さま、トマスがいないんです」

「トマスは、フリードについて北の別荘地へ行っているの。リタおばあさまが倒れたそうよ」

「リタ様……」


初めてこの屋敷であったときの、嫌悪感をあらわにした瞳を思い出し、マルティナは身をすくめる。
マルティナの父であるアルベルト自体も不義の子だ。リタにとっては愛人の子。当然、父にも冷たかったと聞いている。


「そうですか」

「二人ともとても疲れて帰ってくると思うわ。私たちは、元気にお出迎えしないとね」


優しい義姉の微笑みに、マルティナはほっと息をつく。
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