navy blue〜お受験の恋〜
「ありがとうございます。サンライズ体操教室でございます。」

2コール目で出た落ち着いた感じの良い女性の声に、みちかはホッとした。

「あの、雪村幼稚園で子どもがお世話になっている者ですが体験をお願いしたくお電話させて頂きました。」

「いつもお世話になっております。体験をご希望という事でございますね。承らせて頂きます。」

先方に、コースや希望の日程、個人情報などを聞かれみちかはそれに一通り答えた。
今日の夕方、担当者から電話がかかって来るという事で、それを了承し電話を切った。
そしてその担当者からみちかへ電話がかかってきたのは17時半の事だった。

みちかが夕飯の支度をしていると、エプロンのポケットの中でスマートフォンが鳴った。
画面の090で始まる知らない番号を確認した後、躊躇なくみちかは着信の文字をタップした。

「もしもし、友利さまの携帯電話ですか?」

「はい、友利です。」

みちかはゆっくりと丁寧に答えた。
予想外にも若そうな男性の声だった。

「私、雪村幼稚園でいつもお世話になっておりますサンライズ体操教室の百瀬と申します。この度は体験教室のお問い合わせを頂きまして誠にありがとうございました。」

聴きやすく耳障りの良い明るい声に心地良さを感じながら、みちかは電話の向こうのその百瀬という相手に対して小さく数回頭を下げた。

「お世話になっております。」

「はい、あの、早速なのですが体験いただく上で、事前に資料をお渡ししながら簡単にお話をさせていただきたいのですが、近々、園までお越しいただく事は可能でございますでしょうか。例えば、明日ですとか。」

「はい。明日、大丈夫です。けれど…園でよろしいのですか?お教室の方まで出向かなくてよろしいのですか?」

百瀬の言葉にみちかはやや戸惑った。
わざわざ園まで受験コースの説明にサンライズの講師が来てくれるのか、随分と手厚いんだなと思った。

「はい、あの、園で大丈夫です。僕、木曜日はいつも園におりますので。ちなみに乃亜ちゃんは、年少さんの時の体操の時間を1年間担当させて頂いております。」

「え…?」

みちかは自分の顔が熱くなるのを感じた。
年少の時に体操を担当?という事は、園に駐在していて、日頃から関わって頂いている体操の先生という事になる。
百瀬先生?
乃亜が年少時の記憶を必死に辿るが、その名前は全く覚えが無い。
園には関崎先生という体操講師が居て、彼が今、体操を担当してくださっている。
てっきり年少の時からずっと関崎先生が担当しているとばかり思っていたが記憶違いだった事になる。
百瀬の名前を聞いてお世話になった先生だとすぐに気づけなかった事にみちかはひどく申し訳なさを感じた。

「そうだったんですね。すみません、あの、娘が日頃からお世話になっております。」

「いえ、あの、乃亜ちゃんはとても素直で可愛いらしい素敵なお嬢さんですよね。受験のお手伝いもさせて頂けましたら光栄に存じます。」

百瀬の明るく乃亜を褒める言葉に憚られながらも明日、園に伺い話をする約束を交わしみちかはその電話を切った。

カウンターキッチンから見えるダイニングテーブルで、乃亜がお絵かきをしている姿が見えた。
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