navy blue〜お受験の恋〜
職員室のとなりの年少さんの教室に、みちかは案内された。
4月中は、年少児は慣らし保育で午前中には降園となる。

シンと静まり返った小さな教室に、園児用の小さな椅子と、小さなテーブルが並ぶ。
この、りす組は乃亜が年少の時に在籍していたクラスだ。
参観日に、ブロックをお友達と協力しながら長く長く繋げ、嬉しそうに遊んでいた乃亜の姿が蘇り、思わず懐かしさで口元がほころんでしまう。

「友利さん、どうぞ。」

みちかが腰掛けると百瀬もみちかの向かいに座った。
手元の資料を広げる百瀬の伏し目と上がった口角をみちかは静かに見つめていた。
多分、百瀬は、誰かに似ているのだ。
思い出せそうで、思い出せない。
それは胸の中に余白が出来て、周囲をぐるぐると回るような行き場のない感覚だった。

「体験の日程はこちらですね、来週の土曜日です。」

百瀬は、体操教室の概要と、進め方や、持参物などを丁寧に説明してくれた。

滑舌が良くて、聴きやすいのだが、どことなく甘ったるく可愛いらしい話し方をするのは日頃幼児と接しているからなのだろうか。
耳触りの良いその百瀬の声を聴きながら、みちかはうんうんと頷いた。
時折目が合うと、その度に大きな口がニッと広がり爽やかな笑顔ができる。
その度に、あれ?と思ってしまうのだ。
間違いなく私はこの人によく似た人を知っている。

説明が終わり、りす組を出て職員室前で百瀬と別れた。

「来週、お待ちしていますね。」

「はい、ありがとうございました。」

百瀬から手渡された資料の入った封筒をそっとバッグに入れるとみちかは急いでばら組の教室へと向かった。

教室では、ちょうどお帰りの歌を歌っている最中だった。
乃亜はちょうど真ん中の席に座っている。
普段はお迎え時も、朝の集合地点の公園まで歩いて帰ってくるので、なかなか園での様子を見る機会は少なかった。

新学期になってから乃亜の園での様子を見れたのはこれで2回目で、貴重な瞬間だった。
年長さんらしく、しっかりと歌い、お辞儀をする姿にみちかは喜びを感じる。

さようならの挨拶を終えた乃亜と目が合うと、
嬉しそうに笑顔が輝き、無邪気に走ってきた。
そして「ママ!」と可愛らしい声を上げ、みちかにギュッと抱きついた。
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