navy blue〜お受験の恋〜
百瀬が仕事を終えて帰宅したのは22時過ぎだった。
外で夕食を簡単に済ませてきたので、すぐにシャワーを浴びる。
平日は雪村幼稚園で、体操教室やサッカー教室を担当し、土曜日は本部で受験コースを担当しているが、受験コースの仕事の時は、仕事も多く、特に帰りが遅くなりがちだった。
私立小学校の説明会があれば足を運ぶし、何かと受験関連の研修も多い。
受験コースの立ち上げは2年前で、講師に抜擢されてから百瀬は本当に忙しくなった。

幼稚園と小学校が体育大学の付属だったという経歴が受験講師の抜擢の一因だったようだが、実際には幼稚園からエスカレーターだったため、百瀬には小学校受験の経験は無い。
けれど母と姉が揃って私立の女子一貫校のOGという事が、なにかと助けにはなっていた。

2歳年上の姉は気が強く弁が立ち、子供の頃、百瀬は泣かされてばかりだった。
姉の母校とはまさに聖ルツ女学園だ。
母も同じだった。

勢いよくドライヤーで髪を乾かしながら、ふいに百瀬の脳裏に、ルツ女の話をした時の友利みちかの不安そうな表情がよぎる。
はじめての面談だったのに、どうして自分は乃亜にルツ女が向いていないと捉えられてしまうようなことを言ってしまったのだろう。
友利みちかは今頃、がっかりしていないだろうか。

百瀬は、今日は自分の主観を少々話しすぎてしまった気がしていた。
何故なのだろう、友利みちかのあの自分にすがるような目を見ると、今ある知識を彼女に向けて全部吐き出したくなる。
自分の話で一喜一憂する彼女をもっと見たい、そう感じるのだった。
関崎の言う、大人の余裕。
それは友利みちかの一部分に過ぎないはずだった。
現に色んな彼女の表情を、自分は今日見たのだ。
関崎には言えなかったけれど、百瀬はそう感じていた。

友利みちかが教室への入会の意思を示してくれた時、百瀬は本当にホッとした。
これから毎週、彼女に会えるのは嬉しい。

髪が乾いたのでドライヤーを止め、百瀬は脱衣所から部屋へと向かった。
その時だった。

ピンポーン…

突然、インターフォンが鳴った。
びっくりして壁のモニターを見ると、梨紗の姿が映っていた。

「うわ…マジか。」

思わずそんな独り言が口をつく。
時計を見ると23時だった。

ピンポーン…

一瞬、寝てしまった事にして無視してしまおうかと思う。
けれど夜も遅いし危ないので渋々ロック解除をすると、モニターの梨紗がニコリと笑ってこちらに手を振った。
< 33 / 128 >

この作品をシェア

pagetop