嘘でも君の『好き』が聞きたい。



ふと、カーテンが揺れた気がした。



拡樹が帰ってきたのだろうか。



頬についたしずくをぬぐい、立ち上がって窓に近寄る。



窓を開ける。



「ひーろーきー」



ご近所さんに迷惑にならなく、かつ拡樹にも聞こえる声で名前を呼ぶ。



カーテンが開かれ、拡樹の顔がのぞく。



拡樹は私の顔を確認すると、窓を開けた。



「何?」



部活帰りなのか、暑そうに体操服の胸元をパタパタとしている。



「部活だった?」



「うん。今度試合があんだ。」



「へぇ。そうなんだ。」



「うん。応援しに来てよ。隣の高校でやるから。」



「行くよ。日和も誘って。」



拡樹は少しの間固まる。



なにか気に触ることでも言ってしまったのかな?



でもそんなのは杞憂に過ぎなかった。



またいつもの笑顔に戻る。



「うん。そうして。」



そう言ってふーーっとため息をつきながら窓の柵に肘を立て寄りかかる。



顔立ちの整った拡樹のその仕草は何処か絵画じみていて、いつもよりさらに遠くの人に思えてしまう。



私も窓の柵に体重をかけ、意を決して話を切り出す。



「さっきまでここに日和がいたんだけどさ。」



「うん?」



拡樹は私を見る。



「今度3人で水族館行かない?ってゆう話になったんだけど、来週の日曜日とか、あいてない?」



拡樹は顔をしかめた。



「その日は……ちょっと…」



その言葉は今までの拡樹からは想像することが出来ない反応だった。



いつもの拡樹は、何よりも私たちを優先する、そんな人だった。



断られるとは思ってなかったから、少し私の時間が止まる。



でも心の奥底で、断ってくれてよかったと、そんなことを考える自分がいて、嫌になった。



こんな私では、日和に嫌われちゃうな。



「そっか。無理なんだ。ならいいよ。別に無理しなくても。」



「うん。ごめん。」



「謝んないでー。」



謝る拡樹の顔はいつもの笑顔に戻っている。



でも私は知ってるんだよ。



いつもの拡樹のその顔、作り笑顔だってこと。



拡樹はいつも、作り笑顔しかみさせてくれない。



いつも空元気で、何となく、キャラを作っているなと、そう思えた。



そんなことを考えながら、拡樹を見つめていると、思わず口角が上がってしまう。



「拡樹。」



ひろきが私を見る。



「隠し事はなしだかんね。」



拡樹は驚いた顔をしたあと、にっこり笑う。



「そっちこそ。」



そう言って拡樹はニシシと笑う。



つられて私も笑った。



この関係を壊したくない。



この時間が、永遠に続けばいい。



そんなことを考える。



だけどこれが永遠に続けば、きっと価値観が狂って



この時間も大切なものではなくなってしまう。



だからこそ、こんな幸せは一瞬でいいんだ。



一瞬だけでもあるだけで、きっと何かが違う。



私はそう信じる。



「じゃ、おやすみ。また明日学校でね。」



「ん。………あ、なあ。」



私が窓を半分ほど閉めた時、拡樹の声が聞こえる。



「うん?何?」



拡樹は少しためてから、重々しく口を開く。



「俺は、この関係を壊したくない。」



その言葉にドキッとする。



拡樹は



気づいてる。



日和の告白のこと。



私が何も言わないのを確認して、再び話し始める。



「この、俺たち3人の、『幼なじみ』という関係を。」



私の口が少し開く。



何かを言いかけたのかもしれない。



でも何を言おうとしたのか、私もわからない。



体が勝手に動いただけだから。



拡樹は昔から鋭い子だった。



誰に、どういう態度で接し、どうすれば喜んでもらえるか。



そんなことを考えながら生きてきたように思える。



けんせいしてるんだと、すぐに分かった。



告白させるな、と。



いつもの無邪気な拡樹はおらず、ただ深い闇の中に取り残されたような、そんな黒い拡樹がいる。



きっと、こっちが本物なんだろうと、薄々気づいていたけれど。



こんなにはっきりと感じ取ったのは初めてだった。



私はクスッと笑って、窓を閉める。



その閉まる直前、少しだけ開いてる時、私は小さな、とても小さな声で呟いた。



「私も、だよ。」



鍵を閉める。



カーテンを握り、口を大きく動かす。



お、や、す、み。



拡樹に伝わったのか、コクリとうなづくのを確認してから、カーテンを閉める。



カーテンを握りしめたまま、下を向く。



どうしよう。



「はーーーー…」



大きなため息が勝手に出る。



さっき止まったはずの涙が、もう一度溢れ出した。


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