ツンデレ黒王子のわんこ姫
芽以は、男性とデートをしたことがない。

男性と、というより、女友達とも休日に出掛けることはなかった。

休日はお茶にお花、料理にピアノ、そして薙刀。

"大和撫子としての修行に励め"
"余計な娯楽はいらん"

という父の躾のもと、何の不満も疑問も抱くことなくスクスクと成長した。

同じ女子校の先輩や同級生の中には、もちろん交遊関係が派手な人もいた。

しかし、そんな事は予想の範疇。

父・剣士は、芽以が中学に上がるとき、白木家に代々仕える家臣の娘・真田庸子を、芽以のクラスに側近として配置したのだ。

庸子は10年間、忠実に役目を果たした。

芽以には気付かれないように、適切な友人を選別し、世間の誘惑とは縁のない生活を当たり前と感じるよう誘導した。

芽以の容姿や性格から、女子の先輩や同級生に「可愛い!」「抱き締めたい」とすり寄られたり、抱きしめられたりすることはあったが、恋愛対象とされていない限りは、その点は見逃していた。

庸子の対策が効を奏し、年頃の男性と接する機会の少ないこの不自然な状況を芽以が訝しむ様子はなかった。

この女子校という特殊な環境ではそれが普通だと思っているようだった。

送り迎えは庸子の父、学校では常に庸子がガード。休日はお稽古事。

無事に就職して、婚約が決まるこれまでの芽以の生活は、娯楽とは縁遠いものだったのだ。

「どこに行きたい?」

愛車のエンジンをかけると、助手席に座る芽以に健琉が話しかけた。

「私遊園地に行ったことがないんです。」

中学の時の修学旅行は京都、高校は北海道でスキーだった。

大学時代はサークルには所属せず、家と大学、習い事を往復するだけ。

幼稚園や保育園実習はあったが、基本的に園内で過ごし、たまに出掛けても近くの公園位だった。

そんな芽以の話を聞いて、健琉が目を丸くしている。

「いつの世のお姫様だよ、お前」

「そうですよね。でもそれなりに楽しかったですよ。こうして初めてを健琉さんと共有できる訳ですし」

芽以は、頬を赤らめて健琉を見上げた。

「じ、じゃあ、一番でかい、ネズミんとこの遊園地に連れていってやるよ。アフター6のパスポートなら今からでも間に合う。門限は何時だ?」

「21時です」

「スマホ貸せ、お前の親父にかけろ」

芽以がスマホを取りだし、父親の番号を押すと

「お義父さん、黒田健琉です。これから芽以さんを遊園地に連れていきたいのですが、パレードまで見て帰ると、ご自宅にお送りするのが24時前後になりそうです。」

健琉は丁寧に電話の向こうの父となにか話している。
しばらく話して電話を切ると、

「許可もらったから行くぞ」

と愛車をスタートさせた。

「父が許したんですか?」

健琉がニヤリと笑った。

「初見で信用を得られたみたいだな。まあ、さすが俺ってとこか。今日中に帰ってこいってさ」

芽以はキラキラと目を輝かせて言った。

「すごいです。健琉さん。一生ついていきます!」

健琉は苦笑した。

"随分簡単なやつだな"

愛車はT県に向かって走り続けた。

< 15 / 88 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop