ツンデレ黒王子のわんこ姫
満員電車は健琉の想像以上のものであった。

扉が開く度に、気を抜くとどんどん奥に追いやられていく。

背の低い芽以の体などは、他の乗客の体や荷物に押し潰されそうになって見えなくなりそうなほどだ。

健琉は、隣でニヤケている中年男性と接触しそうになっている芽以の体を、思わず抱き寄せた。

ここから目的地まで、少なくとも30分はこの状態でいなければならない。

健琉は、車輌の端のほうの壁に芽以の背中を押し付けることのできる位置を陣取ると、自分の体で囲うようにして芽以を守った。

お互いの心臓の音が聞こえる。

健琉が視線を落とすと、健琉の胸に抱きかかえられるような形で真っ赤な顔を埋める芽以が目に映った。

吊り橋効果だろうか?

慣れない緊張状態において、身を呈して自分を守ろうとしている健琉は、芽以にとってのナイトのように思えた。

立ちっぱなしの状態、突然に襲う揺れ、気味の悪い男性の視線と身を寄せてくる行動。

健琉はそのすべてから芽以を守ってくれていた。

健琉自身も満員電車は苦手だろうに,,,。

健琉に守られて電車に揺られるうちに、気が抜けてしまったのか芽以は立ったままウトウトとしてしまった。

「芽以、降りるぞ」

健琉が耳元で囁くのに気づいて慌てて芽以が顔を上げた。

山手線から少し遠ざかるこの駅に着く頃には、乗客も随分少なくなっていた。

「ごめんなさい。私眠って,,,」

「あの状況で寝れるってある意味、お前は最強だな」

健琉が芽以の手を引いて電車の昇降口に移動しながら言った。

満員電車は不快な状態ではあったが、二人の絆を深めるには効果的なシチュエーションであったことは間違いなかった。
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