ツンデレ黒王子のわんこ姫

客間に入ると、芽以の母親が用意してくれた日本料理が並んでいた。

食事はどれも美味しく、芽以の料理の腕前は母譲りであると健琉は思った。

食事が済むと、芽以の父・剣士は、健琉に日本酒をすすめてきた。

新潟の有名な大吟醸の一つだ。

芽以は母親と一緒に食器を片付けにいく、と言って台所へ消えていった。

ほろ酔い加減の剣士と、緊張した面持ちの健琉が二人で酒を酌み交わしている。

「男は酒を酌み交わしてこそ、真の理解者になれるってもんだよ。」

と剣士は言った。

「芽以は、君に従順かね？」

剣士は健琉の目をしっかりと見据えて言った。

「はい、いつも私をたてて従ってくれています」

健琉も剣士の視線から目を離さずに答えた。

剣士は日本酒をグイッと飲み干し、

「従順と柔順は違う。協同と協働も違う。」

そう言うと、机の上に準備した半紙に小筆でそれぞれの文字を書いた。

"従順とは盲目的に従うこと。柔順とは柔軟で穏やかな性格のこと"

"協同は共に同じ目的に向かって行動すること。協働とはお互いを尊重しあって同じ目的のためにお互いを高め合いながら働くこと"

漢字二文字を四種類書き終わると、剣士は筆を置いた。

「私はね、芽以には柔順であってほしいし、君たちの関係は支配ではなく協働であって欲しいと思っているんだよ。」

「真の大和撫子とは、夫に付き従うだけでなく、夫を支え、時には協働して一緒に目的を達成できる存在でなければならない。一方、真の日本男子とは、妻や家族を支配するのではなく、敬い、支え、守っていくことのできる人間でなければならないと私は思っている。」

剣士の目には揺るぎないサムライ魂が宿っているように見えた。

「満員電車の経験ですら、御曹司の君と箱入り娘の芽以にとっては衝撃的な現実だっただろう？」

剣士は日本酒を傾けながら

｢そうやって未知なるものに共に立ち向かい、協働してこそ、真の夫婦になれるってもんだよ」

とニヤリと笑った。

「もしも、芽以が一人で満員電車に揺られて帰ってきたり、他の男に連れられて帰ってきた日には、この縁談はなかったことにしようと思っていたよ。」

剣士の目には、ただの父親としての情が見え隠れしている。

「これからもよろしく頼むよ」

剣士の持論に感動したのも束の間、

"ルート選択を間違わなくて良かった"

とほっとする健琉であった。