優しい音を奏でて…

20時。

祈るような気持ちで、ピアノの脇に立つ。

今日はネイビーのマーメイドラインのシンプルなドレス。

サテン地に刺繍されたシルバーのラメがライトを浴びて、キラキラと輝く。


「皆さま、ようこそおこしくださいました。
本日、ピアノを演奏致します橘奏(たちばな
かなで)と申します。
どうか幸せな夜のひと時をお過ごしください
ませ。」

挨拶をして、椅子に座る。

深呼吸をして、1曲目。

この瞬間が1番緊張する。

始まってしまえば、後は自分の世界。



3曲目が終わろうという頃、右側の《 Reserve 》席に1人の男性客が案内されて来るのが視界に入った。

なんで!?

ハッ!!
しまった!!

《 Reserve 》席でにこやかに微笑むゆうくんに動揺して、派手なミスタッチをしてしまった。


平常心、平常心…。

必死で心を落ち着かせて、3曲目を終える。


もう一度、大きく深呼吸をしてから、4曲目に入る。


ゆうくんが、私を見てる…

心が落ち着かない。


ゆうくんが、見守ってくれてる…

なんだか心地いい。



よく分からない感情が溢れ出して、ピアノの音を紡いでいく。

初めての感覚。


1時間、演奏を終えると、私は控え室でドレスを脱ぎ捨て、来た時のワンピースに着替えた。

急いで、フロアに向かう。



ゆうくんは、ワインを飲んでいた。

私が隣に座ると、少し微笑んで、

「ごめん。驚かせたな。」

と謝った。

「やっぱり分かった?」

痛恨のミスタッチ…。

「ああ…
でも、その後は上手く立て直したじゃん。
最後の『愛の夢』感動した。」


嬉しい。

どうしよう。

6年も前に諦めたはずなのに…

もう平気だったはずなのに…

心が抑えられない。

ゆうくんが…

好き。



でも、もう傷つきたくない。

どうしよう。


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