優しい音を奏でて…
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奏 22歳 春。

私は、大学の情報処理学科を卒業し、東京の会社に就職した。

SEとして、3ヶ月の研修が始まる。

同期70名。
うち約30名がSEとしての採用だった。

研修と言っても、まだまだ学生気分が抜けない私たちは、仲良く飲みに行ったり、週末に遊びに行ったりした。

特に私のような地方出身者は、寮生活という事もあり、毎日が合宿のようで、とても楽しかった。

4月も間も無く終わろうという頃、私は同期の山本 博臣(やまもと ひろおみ)くんに飲みに誘われた。

山本くんは、ゆうくんよりも更に背が高く堀が深いイケメンだ。

本人曰く、187センチあるが、不便なだけで全く役に立っていないらしい。

私は同期みんなで飲みに行くものだと思っていたのに、待ち合わせ場所には、彼しかいなかった。

「あれ? みんなは?」

と聞くと、

「今日はみんな都合が悪いんだって。」

という返事が返ってきた。

だったら、別の日にすればいいのに。

と思いつつも、山本くんが飲みに行きたいというので、付き合う事にした。

お洒落なショットバーのようなところに連れていかれ、カクテルを何杯か飲んだが、山本くんはあまりアルコールに強い方ではなく、私より先に酔ってしまった。

駅まで山本くんを支えながら歩いていると、突然、山本くんの足が止まった。

「どうしたの? 具合悪い?」

私が見上げて尋ねると、急に山本くんの手が背中にまわった。

何?

私、抱きしめられてる?

それとも、具合が悪くてしがみついてるの?


わけが分からなくて、その場で固まっていると、ふと山本くんの手が弛んだ。

ほっとしたのも束の間、山本くんの手が後頭部にまわり、気づくと山本くんの唇が私のそれに重なっていた。

茫然自失。

何が起きているのか理解できずに立ち尽くす私。

通りすがりの酔っ払いに指笛を鳴らされ、はやし立てられて、初めて、公衆の面前で私のファーストキスが奪われた事に気付いた。


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