〜starting over〜
野乃花に、八つ当たりをしたい訳じゃない。
何も知らない子に、私の家庭を壊したのはおまえの父親だって言ったところで時間を戻せるものでもない。
私が何かを口にしたところで、結局、現状は何も変わらないんだ。
それに、今私を取り巻く状況は、傍からすれば絢爛華麗たるものだろう。
特に、歌手になりたかった訳でも、憧れたてたわけでもないけど、理由はどうあれ、この華やかな世界に身を置ているだけで成功者として映るのかもしれない。
強く輝く分、影の部分は深い闇が潜んでる。
私からしてみれば、色んな制約・規約の中で雁字搦めになりながら、作られた人形のように踊るしかできない。
私は、流されて、その場その場でがむしゃらに頑張って、言われたようにしてきただけ。
どんなに仕事が増えても、毎日コツコツとトレーニングを重ね、気が付いたら此処に居た、というだけなんだ。
それでも、失ったものと比較して、今が輝かしいなら報われると言われるのなら、それまでだ。
苦しみなんて、本人にしか解らない。

「野乃花ちゃん……佐伯のおじさんに伝えて。私が今ここに居るのは、おじさんのお陰です、て」
「え〜。野乃のお父さんのお陰って大袈裟〜。杏ちゃんの努力の成果だよぉ!」

皮肉を込めた言葉も、伝わらない。
何かを期待した訳じゃないけど、ガッカリしている自分がいる。

「うん、頑張ったの。凄く、凄く……。だから伝えて。私のお父さんに顔を出すでも、連絡してって」
「解った〜!お父さんに今日のライブで杏ちゃんに会った事と一緒に言っておくね!」

何も知らないって、ある意味罪だと思う。
こんなにも無邪気に人を傷つける……。
でも、これくらいの嫌味は許して欲しい。
今の私の、精一杯の訴えだ。

「折角来ていただいたところ申し訳ございません。そろそろ杏は次の仕事へ移動しなくてはならないので……」

そう野乃花ちゃん退室を促したのは、私の不穏な空気を読み取ったマネージャーの木崎さん。
勿論、この後仕事というのは嘘だ。
じゃあね、と残して野乃花達は控え室を後にした。
それに続くように湊さんも退室。
< 49 / 104 >

この作品をシェア

pagetop