敏腕メイドと秘密の契約
「おかえり」

井上弥生(藍)がタクシーで帰宅すると、玄関で天音が待っていた。

使用人は皆帰宅している時間。

天音の母は既に就寝しており、父である社長はまだ帰宅していなかった。

「お疲れ様でした。天音さん」

天音は既に上下スウェットというラフなスタイルに着替えていた。

シャワーを浴びたらしく、濡れた髪の毛がやけに色っぽい。

"部屋に入るまでは井上弥生だ。どこに監視の目が潜んでいるとも限らない"

弥生(藍)は微笑みをたたえたまま、荷物を持ってくれた天音の後に続いて2階の玄関をくぐった。

「ただいま、です,,,」

藍は玄関の鍵を閉め終わると、リビングにある3人がけのソファのところまで行き、そのままの格好でうつ伏せにダイブした。

「ちょ、三浦さん、大丈夫?」

天音が慌てて藍に近寄る。

「ごめん、おなかがすいちゃって」

藍のおなかがグーっと音をたてると、クスクスと天音が笑った。

「三浦さんの意外な一面が見れたな。嬉しいよ」

破顔した天音の顔は"凶器"と言えるほどに美しく、藍の胸を射ぬく。

"その顔反則でしょ"
"萌え死ぬ"

藍は"可愛いもの、カッコいいもの好きの藍"が顔を出そうとするのを必死で隠そうとした。

「い、意外って何?そりゃあ、中学生の頃の私とは違うわよ。私もアメリカでかなりもまれて図々しくなったからね。こんなところでも寝れる位に」

「へえ、男と暮らしたこともあるの?」

体を起こしてソファに腰掛け直した藍の横に、いつのまにか天音が座っていた。顔が険しくなったのは気のせいか?

「あ、あるよ」

「彼氏?」

「ち、違うわよ。ルームメイト。他にもその妹とジョンの彼女も一緒だったけど」

"へえ"

と天音が藍の肩に腕を回す。

「ジョンはアメリカ人?一緒の部屋でこんなことも日常茶飯事だったんだ?」

天音が藍の耳元で甘く囁いた。

「ア、アメリカ人はハグやほっぺにキスは挨拶だから」

天音はその言葉を待ってましたとばかりに、藍の頬にキスをした。

「じゃあ、俺もこれからはアメリカンスタイルでいくよ」

「な,,,倉本くんは日本人じゃない!」

「さて」

天音は藍の言葉を最後まで聞かずに立ち上がって言った。

「三浦さん,,,じゃなくて、これからは俺もアメリカ式に藍って呼ぶね。俺のことも天音って呼んでよ」

"何これ、別人ですか?"

目の前にいる人が、あの倉本天音とは思えない。

あんぐりと口を開けて見上げる藍を見て、再び天音が破顔する。

「お腹すいてるんでしょ?ピザのデリバリーを頼んでおいた。その間にシャワー浴びておいでよ」

「明日は休みだから、ゆっくり話でもしよう」

天音から向けられた2度目の笑顔に陥落した藍は、フルフルと頭を振ると

「行ってきます」

とノロノロと自室に行き、着替えを持ってバスルームに移動した。

バスタブにはお湯が張ってあり、ブルーローズの入浴剤が入れてあった。

"萌え死にさせる気かー!"

そんなことを考えながら、
藍はシャワーを浴びてゆっくり湯船に浸かると、今日一日の疲れと空腹で思わず眠りそうになっていた。
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