ヒヤシンス
第1音《Silent Killing》
春。
僕は高校2年生になった。
色々な事が重なって今日から新しい高校に転入する。
新しい制服はまだ着慣れていなくて鏡に映った自分の姿に少し恥ずかしさを感じた。
前の高校の制服はブレザーだったので毎日ネクタイを締めるのに手こずっていたが、転入先の高校はこの時代では珍しく学ランだ。
ネクタイの締め付けより首元まであるボタンが少し苦しく感じるがまぁそのうち慣れるだろう。


「おーい、涙、飯いらねぇのかー?」


ひょっこりと僕の部屋から手作りであろう、いや、そうでなければこんなものは出来ないような歪な形のサンドイッチを持った兄が長い前髪を搔き上げながら入ってきた。


「・・・相変わらずの出来栄えだよね、流兄」

「ひっでぇなー、愛しの弟の為に毎日頑張ってるよ?るいちゃーん」

「僕のこと、るいちゃんとか言うのやめてくれない?」

「昔みたいに俺のことも“ながれにーに”って呼んでくれてもいいんだぞー」

「断る。」

「即答かよ!!」


にーには寂しいです・・・などとボソボソ呟いてる兄を無視し、僕は持ってきてくれたサンドイッチらしきものを口に含んだ。
見た目はいいとは言えないが味は別に悪くはないのでいつも兄に作ってもらっている。
僕は流兄と二人暮らしだ。
親は両方ともいるが父が海外で会社を経営している為、家にはあまり帰ってこない。
母も体が弱いくせすぐに無理をする父が心配で、僕が中学に上がってから同じく海外について行った。
勿論、愛しの子供を家に置いて行くのには躊躇いがあったらしく、随分と悩んでいたそうだが、僕と兄が父を支えてやってと説得した。
家事はできない訳では無いし、僕が中学に上がる頃には兄の流は成人を迎えるのでそんなに心配することは無いだろうと思ったからだ。
───流兄の壊滅的な見た目の料理には突っ込まないでおくが。

っと、そろそろ行かないと。
転入初めに遅刻は避けたい。


「流兄、僕もう行くから」


そう告げるとカバンを持って玄関に行った。


「おい、涙、これはいらねぇのか?」

「いる、絶対いる、絶対!」


流兄の手から愛用の五線譜ノートを受け取ってカバンに入れる。
これが無ければ僕は生きていけない、と言っていいほどの宝物だ。


「じゃ、行ってくるね」


いってらー、と兄の声を合図に僕は家を飛び出した。
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