冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
まこちゃんを必要としてくれる場所はあるよ。

あのとき、言いたくても言えなかった言葉。本心だったけれど、私が言ったところでなんの意味もないし、無責任すぎる気がして、声にならなかった。

了、私たちにどれだけのものをくれる気?


「さおちゃんたちが引っ越したら、たぶん今みたいに駆けつけられる距離じゃなくなるけど、その代わりシッターとして、責任もって通うよ」

「了の手回しのよさにはびっくりね」


恵が「かいて」と差し出す水性ペンを受け取り、まこちゃんが首を振る。


「そんなんじゃないよ、あれは愛だよ」


そうだよね、私もわかってる。多忙な了は、だからこそ迷わず、与えたいと思ったら与えるし、必要だと思ったら動く。大事なもののために。


「本当の父親でも、あそこまでできる人、なかなかいないよ。いや、本当の父親なのか」


ややこしいね、と笑っているところにサンドイッチを持っていき、私もテーブルについた。


「卵ふわふわ! おいしい! 恵も食べる?」


恵が小さな歯を見せて、サンドイッチにかじりついた。ふっくらしたほっぺたに挟まれた口を懸命に動かす様子は、いつまででも見ていられる。


「パパラッチ的なものは、平気なの?」

「こっちはね。狙いは了だから。どんな下衆なメディアでも、一般人にカメラを向けるバカはいないの。良心からじゃなくて、たんに意味がないからよ」


しかし情報はいくらでも探られる。恵はいうなれば、ソレイユグループの御曹司の隠し子だ。芸能人に比べたらたいしたゴシップじゃないけれど、これが明るみに出たら得をする人は、それなりにいるだろう。

そこまでは言わずにおくことにした。まこちゃんの不安をあおる必要はない。

すべてが思いどおりにはいっていないものの、少なくとも今、私たちを囲むものはとげとげしていなくて、幸福だ。

だけどまあ、そんな安らぎは長く続かないと、薄々気づいてもいた。

そしてそれはすぐ、真実であるとわかるのだった。




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