Monkey-puzzle



戸惑いの中で繰り返されるキス。
唇を渋谷の舌先がツツっとなぞってそのまま口内に入って来た。


『なあ、真理、見なかった?』
『さあ…見てませんよ?』

給湯室のドアの向こうで声がする。

と、亨が私を探してる…。


「ん、んん…」


慌てて身体を離そうとすると腰に回されている片腕にグッと力が入って余計に引き寄せられた。

こ、こいつひょろひょろしてるくせに結構力が強い…。


『ちょっと至急呼び出さねーと…』

や、ヤバいって!
渋谷だって外の会話聞こえてるはずなのに…何考えてんの!


『おーい!真理~!どこだ~?』


「…とっとと離れて!」

顎を両手で思い切り押してようやく身体が離れた。


「痛たた…ちょっと、ちょっと!首がむち打ちになるでしょ。」


なってろ、むち打ち!


息を整える為に背を向けた途端に、後ろからまたギュウッて抱き締められる


「真理さん、今日、一緒に帰ろうよ。」

「ね?」と首筋に鼻をスリスリさせてくる感触がこそばゆい。


『給湯室かな…』
『あ、そこ見てませんでした。』


ドアの前まで気配が近づき、鼓動がまた早くなった。


「わ、わかったから、離れて!」


焦る私にクスリと耳元で笑う声が掠めて身体が離れた。


途端に開く入り口のドア。そこから亨が顔をひょっこり出した。


「お、居た。なんだ、お前ら一緒んなってこんな所でサボってんじゃねーよ。」
「ご、ごめん…。」


良かった…間に合って。
良かった…うちの会社、給湯室にドアがあって。


「すみません、真理さんに昨日の書類の件でちょっと聞きたい事があって。そのまま話し込んでいました。」


亨にニコリと笑顔を向けた渋谷が、横をすり抜ける瞬間、私にその目線を向けた。


「じゃあ…先輩、また。」


バタンと音を立てて閉まるドアに、安堵と疲労感を覚えて吐き出した溜め息。


『真理さん、好き。すっごい好き。』


どうしよう…頭にも、耳にも渋谷が残ってる。
…身体にも…唇にも。


放心状態でいる私の隣に亨が並び、咳払いをした。


「…何?どの書類の事?」
「え?」
「渋谷が言ってたやつ」
「ああ…うん。」


いけない、折角渋谷が機転を利かせてくれたんだから、私もそれに合わせないと。


「そ、それはね、大丈夫だったから!」


一生懸命に笑顔を作ってみたものの、亨は怪訝な顔のまま。取り繕うのが苦手な上に相手は長年一緒に居た亨だし、誤摩化せないのは目に見えてる。ここはもう、逃げる以外に術はないと思った。


「と、とりあえず戻ろうか…。」


急いでドアに向かって足を踏み出した私の腕を亨が強い力で掴む。


「…最近、渋谷と随分仲良しみたいだけど。」

「そ、そういうわけじゃ…」

「だったらいいけど。あまりにも渋谷ばかり可愛がってると、ほかの連中だって面白くないだろ?その辺わきまえろよ。」


こうして亨を間近で見たのは数ヶ月ぶり。
少し細めの切れ長の目の奥で、黒深い瞳が光を放つ。いつも笑顔で柔らかい印象がある亨だけど、時々こうして、あまり目が笑っていないと思う瞬間があった。

今日は特に…久しぶりに見たからだろうか、冷たさを感じるその目線に、更に恐さを感じて背中が少しゾクリと音を立てた。


「亨…腕、離し…て?」


一瞬、我に返ったように目を見開く亨。


「あの…私、今日は橘さんのイベントの打ち合わせで東栄デパートに行くから。そのまま直帰する。」

「ああ…ワークショップ開催は月末か。うちの課では、結構デカイ、イベントだからな。頼んだ」


軽く背中を叩く彼は、いつもの柔らかい雰囲気に戻っていた。


…今までも。何度かあの目を見た事はあった。けれども真剣な眼差しとしか解釈していなくて、それ以上、その意味を考えた事はなかった。

後で思えば本当はそこに彼の本音が隠れていたのかもしれない。

だけど、渋谷でだいぶ頭の中が埋まっていた私には、この時、亨を想いやるなんて言う事が出来なかった。




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