Monkey-puzzle




ネオンがまぶしく輝いている中で皮肉な程に月が綺麗に浮かんでる。


目出たい門出でもないのに嫌みですか。なんて八つ当たりで空を睨みつけて、面倒くさいピンヒールを押し進めた。

…そうだ。
今日、亨に誘われたから出先から直接ホテルに行って…やり残した仕事があったんだっけ。

家に帰るのもなんだか嫌で結局足が向いた先は職場。


こう言う時にバーとかに飲みにいって傷を癒す、そんな色気のある女ならここまで皆に疎まれないのかもねと苦笑いを浮かべた。

まあでも、仕事人間って言われたらそれまでだけど、任せられた事はどんな些細な事でもしっかりやりたいというのが私の性格だから仕方がない。

守衛さんに挨拶をして他には誰も居ない社内へ入ると自分のデスク上だけ明かりをつけパソコンを立ち上げた。



「あれ?!人が居る!」


予期しない人の声に驚いて入り口の方を向いたら、段ボール箱を持った男の人が立っていた。

…いや、男の子?

やけに童顔な顔をしていて、そのくせ、それなりにタッパはあって。
いや、でもヒールを履いてる私と並んだら少し高い程度かな?

一応ワイシャツにネクタイ絞めているけど社員?
でも、どこかで見た事あるような…

首を傾げていたら、隣の机に段ボール箱を置いたその人はそのまま顔を近づけて私を覗き込む。しかも、目を細めて若干不服そう…。


「な、何…?」


「や、『何?』はこっちのセリフなんですけど。
人のデスクに座って、ご丁寧に人のメガネまでかけちゃってさ。何?俺フェチ?」


は、はあ?!


「返してよ、メガネ」
「あっ…」

私からするりとメガネを外すと慣れた手つきでそれをかけるその人。


「あ、あんた、誰?!」
「や、そのセリフそっくりそのままお返ししま…あっ」


改めて私を見た瞬間に息を飲んだ。たじろいでいた私は、『やべっ』て顔になった相手の表情に息を吹き返し、社員証を目の前に見せつける。


「一応、私、この会社の社員なんだけど。」
「企画営業部三課、木元真理子…さん。」
「メガネを返して。あなたのじゃないってかければわかるでしょ。」

手を伸ばして眼鏡を奪い返そうとした瞬間に踵を返したその人は、そのまま「っかしーな…俺の眼鏡はどこにいったんだろう。」なんてブツクサと段ボール箱の中を掻き回す。


「…見つけた。」


メガネを得意げにこっちに見せた、のはいいんだけどさ。


「『見つけた』とかの前に何か言う事あるでしょ。
勘違いして、メガネ奪ったんだから。」

呆れた私に自分のをかけ直してから、口角をキュッとあげて余裕の笑みを向ける。


「…今、スッピンだよね?
化粧している時より、だいぶ可愛い感じに雰囲気が変わるんだね。裸眼だとわからなかった。」


は、はい…?
や、私はただ、謝罪を…。


「どっちも好きだけど、俺はスッピンのが好みかもしれない。」


…ダメだ、ついていけない。軽すぎる。


「もういいよ。」


眼鏡を取り戻して、前に向き直るとタブレットに目を落とした。


「あ、俺、明日からここに配属になります、渋谷恭介です。」


…配属?

思わず顔をあげたら目線が重なってニコリと笑われたけど。

…何かこの子、無駄に可愛くない?
何でそんなに目がキラキラしてるのよ、スタンドの光だけで。


いや、それは良いとして。


『渋谷恭介』…どこかで聞いた覚えが。

確か噂で、4コ下位のやり手が企画営業部第一課に居るって…それが渋谷って人だったような。



大きなイベントを手がける一課。

ワークショップとか、お店の新規改装祝いとか…小規模イベントが好きな私はあまり興味が無いから、活躍している人が誰なのかもロクに知らない。
けれど書庫整理部の山田部長から色々過去のイベントの話を聞くのは好きで、大きなイベントの話も時々聞いてはいて、その話の中で『渋谷』と言う名前を聞いた記憶があるような…。

…に、してもだよ?


「俺の異動は、真田さんが三課の課長になったからその穴埋めです。
今までの課も面白かったんだけど、こっちも面白そうだから立候補させて貰ったんです。そして俺があなたが今座ってる席に座るって事になりました。」


私…聞いてない。


「今日昼間に挨拶に来たけど、真理さんは外出しちゃってそのまま直帰だったからいなかったもんね。」


確かに今日はクライアントとの打ち合わせが数件入っていたからずっと外回りだったけど、さっきまで課長になった張本人と会っていたわけで。

ズキンと少し胸に痛みが走った。

私は蚊帳の外、か。


まあ、明日出社してきたら言えばいいって思ったんだろうけど。私だって席を移動するなら少なからず荷物をまとめるとか準備があったのに。


「因に、真理さんの席は俺の隣。一個ずれただけだから。
俺、荷物少ないから、引き出しもそのまま使ってくれて構わないし。」


隣の席の椅子に座って、覗き込むように私を見る渋谷恭介。
丸みを帯びた厚めの掌がすーっと伸びて来た。


「…何で、頭撫でんのよ」
「だって可愛いから。スッピン。」


…完全に馬鹿にされてるよね、これ。

睨む私を面白そうに笑って、小首を傾げた。



「よろしくお願いしますよ、センパイ?」



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