Monkey-puzzle






書庫整理部に行くと、昼休みの最中だからなのか、山田部長は不在だった。
こういう時だからこそ、あの皺を寄せた笑顔に会いたかった反面、顔を見たら泣き出してしまいそうな予感がして、居なかった事に少し安堵もして。

…お借りします。


一番奥の通路へと足を進めた。


壁におでこをつけると、瞼を閉じ様に息を吐く。


…後悔はしていない。
これで皆の士気は否応無しに上がって、何が何でも私に勝とうと躍起になってくれるはずだから。

けれど…。

渋谷の背中を思い浮かべ、呼吸に混じる震えを抑えようと、右腕を左手で握った。


…思えば、ああいう場面に出くわした時、渋谷が私を庇わなかったのは初めてかもしれない。
だけど、それは仕方がない事。
渋谷の反応は当然で、それを覚悟でした事なんだから。

こらえようとしても、ぼやけて来る視界に、再び息を吐いた。

…こんなの私らしくないよ。“嫌われ者”は慣れているでしょ?
こんな事で、ヘコんでどうする。

そう自分を心の中で叱咤しても、壁につけたおでこを離す事は出来ず、寧ろそこに体重が乗って重みが増して行く。

どうしよう…昼休みが終わってしまう。
立ち直らねば、午後の仕事に支障が…


「だからね?言ってんじゃん。そんなに壁におでこつけてるとめり込むから。」


焦りを感じ始めた瞬間、身体が包まれて、どうしても壁から離す事が出来なかったおでこがふわりと離された。


ってえ?し、渋谷?!

「…真理さん、お疲れ。仕事増やしてくれてありがとう。おかげで、三課の連中、今、消防呼ばなきゃいけない位に炎上してますよ。」


暖かな体温に、抱いていた不安と緊張が一気に薄れて行く。

「し、渋谷…あの…」

漸く声を出したと同時に、渋谷の腕が少し緩んで、身体をくるりと正面に向けさせられた。

…ってちょっと待って!私今、酷い顔を…。

と思っても後の祭り。
目には涙が目一杯溜まり、眉間に皺を寄せたままのおでこは恐らく赤い。
そんな酷い顔がそのまま渋谷にさらされ、瞬間的に顔が熱を持った。

「…すげえ貴重な顔。写メっていい?」
「だ、ダメに決まってるでしょ!」

渋谷が取り出したスマホを取り上げようと伸ばした手をそのまま捉えられて引き寄せられる。
距離が一気に近づいて唇同士が触れる瞬間、蛍光灯に照らされた黒縁眼鏡のフレームの光が視界に飛び込んできた。


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