一生に一度の恋をしよう

冷たく言い放つ恵里佳を、ハルルートは真っ赤な目で見上げた。

「私、王様と結婚したくてこんなとこまで来たんじゃないのよ。ハルルートと言う男性と添い遂げたくて来たの。あなたが嫌でないなら、そばにいたいのだけど」

恵里佳の言葉に、ハルルートは泣きながら抱き締めたと言う。





「王でなくなったから、ほとんどの国家元首はお帰りになられるそうだけど、式は予定通り行うから」

ハルルートはヘフゲン家からは離れているから、今回は無関係で突き通すようだ、でなければ王家に多大な迷惑がかかるからだろう。

「ああ、規模は小さくなるから、予定通り、ではないわね。でも渚沙も参列してくれるでしょ?」
「勿論! 私だって、王様の結婚式の為に来たんじゃないの、大の親友の晴れ姿を見る為に来たんだから!」

私達は抱きしめ合った、恵里佳が本当の幸せを得たような気がして嬉しかった。

しばらく恵里佳と話をしていた、すると病室のドアがノックされる。

「Oui(はい)」

恵里佳がフランス語で応えると、ドアが開いてシルヴァンが姿を見せる。

「渚沙!」

シルヴァンは半ば駆け寄り、ベッドの上で座っていた私を抱き締めてくれた。

「あ、あの、シルヴァン……」

が……外国人は、ハグくらい、なんて事はないんだろうけど……。

「あの……助けてくれてありがとう、お陰で生きてるよ」

私はシルヴァンの背中を撫でながら言った、シルヴァンは少し体を離して、私の顔を覗き込むようにして見つめてくれる。

「本当によかった、渚沙が死んだらと思ったら……」

その時恵里佳が急に立ち上がって、最敬礼で頭を下げた。

見ると、男性が三人、入ってくるところだった。一人はカルロ、もう一人も警護、そして真ん中の一人は、どう見ても上流階級の人……。

「父だ」

シルヴァンが紹介してくれた、つまり、エタン殿下……!
私は慌てて正座して頭を下げる。

「渚沙殿はまだおやすみが必要でしょう、そんなにかしこまらないで下さい」

でも、でも、王様でしょ! やはりのほほんハルルートとは格が違うよ!

「あなたが尽力してくれたと聞きました、本当にありがとう」
「いえ、私は何も……」
「何を言う」

シルヴァンが頭を撫でながら言った。

「渚沙がいなかったら、父はここにはいなかった。俺も大人しくイギリスへ行っていただろう。全てを変えてくれた、ありがとう」

そう言って抱き締めてくれる。恵里佳がニヤニヤと笑っているのが見えて、とびきり恥ずかしい……っ。


***


肺に異物が入った事で、3日は入院して欲しいと言われたけれど、恵里佳の結婚式には出たいと我儘を言って、外出許可をもらって参列した。

「あーっ、綺麗だった!」

脳裏に祭壇の前の恵里佳とハルルートの姿を思い出す、本当に綺麗だった、それよりも幸せそうで、嬉しいやら、羨ましいやら。

宮殿の与えられた部屋に戻り、伸びをする。

今頃晩餐会だ、でも私は病院に戻る都合で乾杯だけで席を外した。

「いろいろあったけど、あの二人には関係ないよね!?」

私は部屋に送ると付いてきたシルヴァンを振り返って言った。

シルヴァンは微笑む。

「ああ。きっといい夫婦になる」

ドアを後ろ手に締めたシルヴァンが苦笑する。

「なんか変な感じだ、ドアから入るとドキドキするもんだな」
「普通、窓からの方がドキドキすると思うけど?」

二人して吹き出した、だってそうだ、ドアからシルヴァンが入るの初めてだ。

衣装も、舞踏会で見たより豪華な服でいつもと違う。厚手のビロードに金糸銀糸とガラスのビーズで刺繍が施されてる。

これが本来の彼の姿なんだ。

気がつくと見つめあっていた、それに気づくと恥ずかしくなって、背を向ける。

「き、着替えるから、出てって……」

そういや、そもそもなんでシルヴァンは付いてきたんだろう? 指定されていた席も遠かったのに、私が会場を出たら付いてきてた……。

「もう少しそのままで」
「え?」
「とても綺麗だ」
「う、うん……」

和服が、かな。確かに上等な品らしい、式に着なさいと指定された、総絞りの振袖だ。

「あの、でも、私、病院に戻らないと……」
「後で送る」

送る? 王子自ら? その疑問を口に乗せようとした時、抱き締められた。

「し、シルヴァン……っ!」
「シヴァでいい」
「し、シヴァ?」
「親しい者は皆そう呼ぶ」

インドの神様の名前だ……そんなどうでもいい事を思いながら、抱き締められていた。

「……渚沙」
「うん?」
「日本に、帰るのか?」
「うん、戴冠式見るつもりだったけど、とりあえずなくなったし」

エタン殿下の戴冠式は、まだずっと後になるらしい。

「観光したいけど、入院の方を優先しろって恵里佳がうるさいんだよなあ」
「セレツィアに残ってつもりは?」
「え!?」

予想外の言葉に、思いの外声が大きくなった。

「嫌か?」
「嫌じゃないけど、でも、残って、え、なんで……!?」
「渚沙と離れるのは辛い」
「つ、辛いって……」

私もだ、シルヴァンの姿を見ていたい。

「ずっとそばにいたい」
「ずっとって……」
「結婚を見据えて、交際を」

ええ!? い、いきなり結婚っすか!?
そりゃ王子様が遊び半分にはつきあえないだろうけど、そんな、そんな、そんな……どうしたら!?

「で、でも、私達出逢ってまだ1週間も経ってないよ!? 私は一般市民だし、ガサツだし、不器用だし、そんな人間が、あなたと結婚って……!」
「正義感があって、行動力もある、素敵な人だ。恵里佳だって一般市民じゃないか、何を引け目に感じる?」
「だ、だって……!」

シルヴァンは王子で皇太子で、つまりはいずれは王様になる人で、そんな人に口説かれてるこの状況が、さっぱり理解不能!

「わ、私に王室なんて……」
「嫌なら捨てる」
「は、はい!?」
「正直に言えば、実はこの数年は楽しかった、不自由はあったが、王室から一歩引いたところにいるのは、心の自由があった。それはそれでいい経験だったと思う。渚沙がどうしてもと言うなら、こんな地位は捨てて日本に行ってもいい」
「だからって、シヴァがいなかった、跡継ぎが……!」
「ハルルートがいる。言ったろ、あれはあれでいい王になると」

いやいやいや、そうだけど!

「じゃあ、父に断ってこよう」
「ま、待って! そもそも交際したいとも……!」
「嫌なのか?」
「嫌じゃない!」

あ、しまった、付き合うって言ってしまった!?

「では、問題ない」
「大アリだよ!」
「何が問題だ?」
「いろいろと!」
「いろいろと、聞かせろ」
「えーっと、だから……っ」

いきなり王子様に告白されるとか、私なんぞがゆくゆくは王妃になるだとか、そんなの恵里佳に降りかかった夢みたいな出来事だと思ってたのに、私でいいの!?って事だよ! しかもこのままセレツィアに残ってくれって、そんなの親だってびっくりだ!

そんなことが頭を渦巻くだけで言えずに押し黙ると、シルヴァンは微笑んだ、ただ微笑むだけで、全ての答えにした。

余裕な笑みは、王子だからだろうか。

そんな余裕がずるい、本当に……ずるい!
私の葛藤なんか吹き飛ばす余裕が──私はシルヴァンを抱き締めていた。

王子とか、そんなこと──関係ないって、思える人だから。





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