珈琲プリンスと苦い恋の始まり
「…そうだ。抱き付いたんじゃない。抱き締めた……」


呟きながら、これまでも何度かそんな気分に陥ったと思い出した。

俺の前から立ち去ろうとしてる彼女の背中が細くて、いつも儚そうに見えたから。


まるで、彼女が撮る写真みたいだった。

写真集に載ってた動物の背中と同じで、ぽつんと独りでいたり、俯いてたりしていて寂しそうだった。


横顔は全部泣いてるようにも感じた。目頭が潤んでいて、実際に涙が浮かんでるものも幾つかあった。



「それを見過ぎてた所為かな」


だけど、驚いて振り返った彼女の目には確かに涙の流れた後があって、俺はそれを見ると妙に胸が狭まった。


あっ…と思った瞬間には、彼女が立ち去っていた。
足を素早く回転させて、一気に坂を下りていた。

思わず駆け出してしまいそうになり、慌てて彼女に声を送った。


「気をつけろよ!また来いよ!」と__。



「あれは届いたかな。かなり声を張り上げたつもりだったけど」


だから、彼女の耳にもちゃんと入ってた筈だと思うんだが。


< 104 / 279 >

この作品をシェア

pagetop